作戦その13 隊長の本音を聞いてみよう!2
「エルビス団長! 水を入れ終えました!」
「今、火魔法でお湯を沸かしているところです!」
「そうか、ご苦労」
その日の夜。隊員たちが思っていたよりも気さくな人柄であったエルビスは、瞬く間に第二小隊に溶け込んでいた。フェンネルが嫌がる相手だから、よほど酷い相手だと思っていたのだが、隊員たちの目にはいたって優しく映っている。そんなエルビスと隊員たちをフェンネルは疲れた表情で見つめていた。
今夜は野営だ。騎士団の団長であっても、第二小隊だけの遠征時と変わらず、どこかの町に泊まったりはしない。流石にテントは別だがそれ以外は同じ待遇なので、エルビスも野営の準備を積極的に手伝っていた。
そして、今夜はそんなエルビスの魔法を使って、ある施設が作られている。
「エルビス団長! お湯が沸きました!」
「そうか、ではみんなで入ろうではないか。風呂に!」
土魔法を使うエルビスにとって、風呂の外枠を作ることなどお手の物だ。そこに水魔法使いが水を入れ、火魔法でお湯に変える。すると、露天風呂の出来上がりだ。
普段の野営では水を湿らせた布で身体を拭くくらいしかできないので、隊員たちも大喜びだった。
「ティーナ、先に失礼するよ。君は後で一人で入りなさい」
「ごゆっくりどうぞ。その間の警備はおまかせください」
焚き火の前でティーナは微笑んで男たちを見送る。フェンネルもそんなティーナと共に焚き火の前から動こうとしない。
「何だ、フェンネル。お前も行くぞ」
「俺はいいですよ」
「何を言ってる。まさか、ティーナと一緒に入るつもりか?」
「そんなわけないでしょう」
エルビスの発言にティーナは目を白黒させているが、フェンネルはいつもの冗談とわかっているので適当にあしらう。
「俺のことはいいですから、隊員たちと一緒に入ってきて下さい」
「ならん」
エルビスはフェンネルの前に仁王立ちして動こうとしない。
「俺はフェンネルと一緒に入りたい!」
「変な発言やめてくださいよ」
「フェンネル隊長、入ってきたらどうですか? エルビス団長、このまま引き下がる気配ないですよ」
ティーナの言葉通り、エルビスが引き下がる気配はなかった。フェンネルは盛大なため息をついて立ち上がる。
「わかりましたよ。まったく、相変わらず面倒な人だ」
「よしよし、行こうフェンネル! じゃあティーナ、後は頼んだぞ」
「はい、いってらっしゃい」
こうして第二小隊の隊員たちとエルビスは全員揃って風呂へ向かった。エルビスが作った風呂はその全員が余裕で入れるほど大きなものだ。普段入れない風呂に隊員たちのテンションは上がり、子供のように騒いでいる。
「まったく」
未だに不本意な顔をしたフェンネルも風呂に入った。
「こうして一緒に風呂に入るのも久しぶりだな、フェンネル」
「そうですね」
フェンネルに対してエルビスの機嫌はいい。バシャンと豪快に入ると嬉しそうに笑っている。
「それでフェンネル。ティーナとは最近どうだね?」
「はぁ」
突然のエルビスのぶっこみに隊員たちの注目が集まった。こうしてフェンネルの本音を聞く事は隊員にはできないことなので、絶好の機会が訪れたとすぐに察知する。
「男同士の風呂と言えば恋バナだと相場は決まっている」
「おっさん同士でそんな話をしてどうするんですか」
ワクワク顔のエルビスと隊員たちだが、フェンネルだけが嫌そうに顔を歪めた。
「それに、何でティーナが出てくるんです」
「お前はいつまで経っても厄介なやつだなぁ」
「まったくその通りです!」と、隊員たちは心の中で全力同意する。口に出せば風呂に雷を落とされてもおかしくないので、誰も実行には移さないが。
「そういえば、ティーナの婿を探しているんだったか?」
「ああ、あれはもういいんです」
え? 隊員たちは揃って目を丸くする。フェンネルは誰よりもティーナを結婚させたがっていたはずだ。
「どういうことだ?」
「ティーナにはここじゃない幸せを探してほしいと思っていましたけど、やめたんです」
「どういう心境の変化だ? お前が自分を曲げるなんて珍しいな」
「まぁ……そうですね」
フェンネルは風呂に入って気が緩んでいるのだろうか、穏やかに微笑む。そんな表情もなかなか見ることができないので、隊員たちは驚きの連続だ。
「ティーナの信念を聞いて、それを俺が邪魔するのは野暮だと思った。それだけのことです」
初耳だ! いつの間にそんな出来事があったのだろうか。隊員たちは二人の関係は何も変わっていないと思っていたのに。
「そうかそうか。それで、お前がもらう決意をしたんだな?」
エルビスがさらにぶっこんできた! 隊員たちはお湯の中で密かなガッツポーズをする。しかし、フェンネルは怪訝な顔をした。
「何を言ってるんですか?」
「お前がティーナを嫁にもらうんじゃないのか?」
「何をバカなことを」
フェンネルは本気で呆れているようだ。
「そんなわけないでしょう。俺の歳を知ってそんなことを言うんですか?」
「お前、まだそんなことを気にしていたか」
エルビスもフェンネルに呆れ顔を向けた。隊員たちも同じ気持ちでフェンネルを見る。
「年齢がなんだ。好きならそう言えばいいものを」
「俺とティーナはそんなんじゃないです」
「どうかねぇ」
エルビスがフェンネルに冷たい視線を送った。
「それじゃあ仮に、俺がティーナを口説き始めたらどうする?」
「あなた結婚してるでしょう」
「うーん、じゃあクロルドだったら?」
「阻止します」
フェンネルはきっぱりと言い放つ。
「あいつ程いい加減な男にティーナは任せられん」
「そんな保護者みたなことを」
やっぱりフェンネルはティーナに対して保護者のような感情しか抱いていないのだろうか。隊員たちから見て、フェンネルもそれなりに気があるようにしか見えないのだが、それは勘違いだというのか……
「じゃあここにいる隊員の内誰かがティーナを口説き始めたらどうする?」
「それは……」
フェンネルの目が隊員に向いてビクリと身体を震わせる。フェンネルが自分たちを見定める視線が冷たく、恐ろしく感じたからだった。温かいお湯につかっているというのに、身体が急に冷えたように感じる。
「しっかりとした男で、ティーナが気に入ると言うなら文句は言いませんよ」
「そんな不満げな顔で言われても納得できんな」
エルビスの言う通り、フェンネルはふてくされた子供のような顔をしていた。その顔を見て、隊員たちも察する。あ、やっぱりフェンネルはティーナのことが好きなんじゃないか。自覚していないだけで。
「フェンネル。年齢とか変な考えは捨てて、自分の気持ちと向き合うんだな。お前は年齢の割にそういう部分が未熟すぎる」
「何を言ってるんだか」
エルビスにそこまで言われてもフェンネルが自分の気持ちを自覚する様子はない。これはだいぶ厄介な人間を相手にしているのでは……と、隊員たちはため息をつきたくなる。
「いつまでも子供扱いはやめてくださいよ、エルビス団長」
「子供はどっちだ。隊員たちにも心配させて、なぁ?」
エルビスが隊員たちに哀れみの目を向けた。エルビスは隊員たちが二人をくっつけようとしていることにいつの間にか気がついていたのだ。隊員たちは「本当に大変なんです」という訴えの目線をエルビスに返した。
「俺はもう出ます」
その場の空気に堪えられなかったのか、フェンネルは風呂から出ようと立ち上がる。裸のフェンネルは筋肉のつき具合が素晴らしく、男の隊員たちも見惚れる程だ。そして、それと同じく古傷の痕も多い。
「ティーナは自分で自分の幸せを見つけるでしょう。こんないつ死ぬかもわからないおっさんじゃなくて、もっと普通の人間と」
フェンネルはそう言い残して一足早く風呂から上がる。残されたエルビスは、
「まったく、困ったやつだ」
と、寂しそうに呟いた。
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