作戦その13 隊長の本音を聞いてみよう!1

「面倒なことになった」


 各小隊の隊長と副隊長を集めて、いかにも嫌そうな顔で団長のエルビスが発したのはそんな言葉だった。対魔獣騎士団を束ねるエルビスは金髪で細身の体型だが、服を着ていてもしっかりとした身体つきであることがわかる。若々しく見えるが、意志の強そうな蒼色の瞳の目尻に細かな皺が刻まれていた。


「このクソ忙しい時に、国王がグラン薬草園へ視察へ出るとおっしゃった」


 グラン薬草園とは、王都から馬で二日程離れた場所にある、ハイルシュタット王国一の薬草園だ。そこの薬草は王都にも多く出回ってくる。


「王都で、ある病が流行の兆しを見せていてな。その病に有効な薬草を、グラン薬草園で育てているらしい」


 迷惑そうな表情でエルビスは続けた。


「その薬草は王都で栽培が行われていないもので、病が本格的に流行る前に王都でも栽培できるようにしたいらしい。そのために医者たちが視察へ向かうということは聞いていた。それがまさか、国王まで行くと言い出すとは」


 国王の警備は近衛兵士が行うので対魔獣騎士団には関係ない話に思えるが、問題はここからだ。


「グランの村の近くでは、今シーズン何度か魔獣が目撃されている。元々魔獣が出現しやすい地域だ、現地の騎士も必要な人数は揃えてある。だが、国王が出向くとなればそうも言っていられないだろう」


 万一、国王に魔獣が襲いかかろうものなら対魔獣騎士団の責任問題になる。それを防ぐために付近の魔獣たちを根絶やしにする必要があるのだ。


「本来なら二小隊くらいはやりたいところだ。だが、王都付近に魔獣が出たことで引き続き警戒は必要だし、アレスの森からの魔獣目撃報告も増えてきた。そっちの警戒も必要な時期に、多くの人員を割くわけにはいかない」


 エルビスが迷惑するのも最もだった。対魔獣騎士団は国王ではなく国民を守ることが職務なのに、国王が視察に出ると言い出したがために、しなくてもいい仕事を増やされたのだから。


「よって、こうすることにした。グラン薬草園にはフェンネルたち第二小隊に行ってもらう」

「わかりました」


 フェンネルは平坦な声で返事をする。フェンネルは与えられた仕事をするだけだ。ただ、エルビスの指示はこれだけでは終わらない。


「人員も足りない中、確実な仕事が求められる。失敗は許されないからな」


 エルビスはため息混じりに続ける。


「よって、今回は俺も出ることにした」

「げ」


 思わずフェンネルが嫌そうな声をあげる。エルビスに聞かれたら怒られる、とティーナはフェンネルの足を蹴ってそれ以上の反論を封じた。


「俺がいない間の指揮はクロルドに任せる」

「はっ!」


 フェンネルではなく自分が団長代理となったことに、クロルドは得意気な顔をしながら敬礼する。


「俺が戻るまで恐らく七日程かかる。クロルド、頼んだぞ」

「おまかせ下さい」

「俺たちは明朝早くに出発する。第二小隊は準備をしておくように」

「はぁ」


 フェンネルとクロルドは対照的な返事をしたのだった。




「あのおっさんと一緒とか、めんどくせえ」


 第二小隊詰所に戻ったフェンネルは自分の気持ちを隠すことなく口に出す。


「フェンネル隊長もエルビス団長には敵いませんからね」

「うるせえな」


 フェンネルは力なくそう言って項垂れる。自由を好むフェンネルは、自分よりも上の人間と行動することが嫌いなのだ。


「国王も余計なことしてくれたな。あのおっさんが遠征に出るなんて、年に一度あるかないかくらいなのに」

「エルビス団長は騎士団の最後の切り札ですからね。よほど王都に魔獣が近づいたら出ますけど、滅多なことじゃ出ません。今回のように遠征だなんて、かなりレアです」

「ティーナは嬉しそうだな」


 フェンネルは恨めしそうにティーナを見る。


「私はエルビス団長のこと苦手じゃないですから。むしろ、滅多に見ることができない戦う団長が見られるかと思うと楽しみですよ」

「あのおっさんの戦い方はひでえぞ……そこら中の地形を変えるもんだから、戦いにくいったらねえ」


 エルビスは土魔法の使い手だ。五大属性の中でも一番扱いづらいとされる土魔法を、エルビスはいとも簡単に操る。力が強すぎて、地形を変えることもできるのだ。


 フェンネルは、エルビスが団長に就任する前の隊長時代に同じ部隊で戦っていた経験がある。だからこそエルビスのことは熟知していた。


 そわそわとしているのはティーナだけではない。姿すらなかなか見ることのない隊員たちにとってはエルビスの人となりもわかっていなかった。それぞれ緊張の面持ちで準備を進めている。


「俺たちだけで十分なのによ……」

「エルビス団長は大地に手を触れれば近くの魔獣の居場所がわかるんですよね? それなら、今回のような作戦には必要な人材です」

「はぁ」


 現実を受け入れることができないフェンネルは自分の眉間に手を当ててこう呟いた。


「めんどくせえ……」




「諸君、おはよう」


 翌朝。集合場所に現れたエルビスは晴れやかな笑顔を見せる。


「昨日はあんな顔してたくせに、随分と楽しそうですね」


 早くも疲れた表情を浮かべるフェンネルが嫌味を言う。隊員たちは、敬語を使っているフェンネルを物珍しく感じた。


「行くとなれば腹を括るしかないだろう。それに、俺もたまには暴れられるかと思うと、楽しみになってきたんだ」

「暴れるって……迷惑かけるのはやめてくださいよ」

「フォローは任せたぞ、フェンネル」

「……はぁ」


 フェンネルは深いため息をつく。


「早く帰りてえ」

「まだ出かけてすらないですよ」


 こうして第二小隊とエルビス団長のグランへの遠征が幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る