作戦その12 オフの時間を一緒に過ごして仲を深めよう!1

 入隊試験は滞りなく終わった。第二小隊には五名の新隊員が加わることになる。誰を取ろうか迷った時、珍しくフェンネルが意見を述べ、真面目で実直そうな人間を選んだ。別の言い方をすれば、恋愛経験の少なそうな。


 フェンネルは隊員たちの申し出と真逆のモテなさそうな人間を選んだのだ。それがどういう気持ちに基づくものか、フェンネルは未だに気がついていない。


「やあ、二人共お疲れ様」


 二人が並んで試験会場であった訓練場を後にし詰所へと歩いていると、後ろから追いついてきたクロルドに声をかけられた。


「ああ……まためんどくさいやつが」

「第一小隊の新隊員はまた優秀な人間を取ることができたよ。これで、第二小隊とまた差ができてしまったね」


 フェンネルの嫌味など聞こえぬふりで、クロルドはいつものように張り合ってくる。


「お前、この前俺たちに負けたのをもう忘れたのか?」

「あれはたまたまフェンネルに有利な魔獣が相手だったからだよ。次はこうはいかない」

「はいはい」


 そんなクロルドをフェンネルが適当にあしらう。その横でティーナとノルスが苦笑いをするところまでがいつもの光景だ。しかし、今日は珍しくティーナがノルスに話しかけた。


「ノルス、ユウリは元気?」

「ユウリ? ええ、元気ですが」

「そっか、本部に戻ってきてから顔を見てないから気になって」

「いつの間にか随分と仲良くなったのですね? 以前は仲がいいようには見えませんでしたが」

「うん、ジュードの町で話すようになったのよ」


 部屋に戻ってからも女子トークをしたユウリのことをティーナはすっかり友達として大切に思っていた。ユウリに会いたいな、と思うと自然と顔も綻ぶ。そんなティーナのノルスに向ける嬉しそうな顔を、話を聞いていなかったフェンネルがばっちりと目撃した。


「何の話だ?」


 フェンネルはティーナとノルスの間に物理的に割り込んだ。いつもよりも距離の近いフェンネルにティーナは狼狽える。


「え、あ、ユウリの話です」

「ああ、第一小隊の女だったか」

「はい。この前少し話せるようになったんですよ」


 ティーナから説明を受けたフェンネルは納得したようで、こわばった表情を和らげた。ただ、しっかりとティーナの位置からノルスの顔が見えないようにガードしながら。


「女友達ができたことはいいことだな」

「あれ? あれれ?」


 成り行きを見守っていたクロルドがフェンネルの顔を覗き込む。


「二人ってもしかして?」

「は?」


 茶化すような表情にフェンネルは怪訝な表情で返す。それを見て、


「何だ、まだか。隊員たちの努力が実ったのかと思ったけど」


 と、残念がる。


「お前、一体何の話をしてる?」

「いや、何でもないよ。フェンネルが次期団長を諦めてくれるのかなーって思っただけ」

「んなわけあるか」


 フェンネルはうんざりした表情で言い切った。ティーナもよくわからないまま首を傾げるだけだ。


 そうして話している内に四人は詰所前の廊下まで戻ってきた。


「クロルド隊長! ……あ!」


 クロルドに声をかけた騎士が、隣にいるティーナを見て表情を明るくさせる。


「ティーナ副隊長!」

「ユウリ!」


 噂をしていたユウリがやってきた。クロルドに用があったはずなのに、ティーナを見るとすっかりそのことを忘れて、二人は手を取り合う。


「元気!? 今ノルスとユウリの話をしていたところだったんだよ!」

「ノ、ノルス副隊長とですか」


 ユウリは顔をわかりやすく赤くしてノルスの顔をチラチラと見る。


「二人は随分と仲良くなったみたいだね」

「は、はい!」


 ノルスに声をかけられたユウリは身体をカチンと固くした。ティーナはその様子を微笑ましく見守っている。


「……で? ユウリ、俺に何か用があったんじゃ?」

「あ、クロルド隊長」


 ユウリがテンションの下がった声で、たった今気がついたかのようにクロルドを見た。


「面白くないね。俺よりノルスの方がいいなんて」

「!」

「ちょっと! クロルド隊長!」


 クロルドの空気を読まない発言にユウリが絶句し、ティーナが厳しい声をあげる。しかし、当のノルスは、


「クロルド隊長は僕じゃなくてティーナに負けたんですよ」


 などと、真意をよくわかっていない発言をした。ノルスもまた、自分の恋愛に関しては鈍いのだ。


「それで、俺に何か用?」

「はい、今日の巡回の報告を」

「異常はなかったんでしょ? いいよ、明日で。今日は珍しくこんな早い時間に仕事を終わらせることができたんだから、早く帰りたいんだ」


 時刻は午後六時。隊長の仕事は思ったよりも忙しく普段は九時くらいになってしまうことも少なくない。今日は夜にのんびりできる貴重な日なのだ。


 その発言を受けたユウリはクロルドとティーナを交互に見る。ティーナが何事かと不思議に思っていると、


「それでは、クロルド隊長はティーナ副隊長と町で食事でも行ってきたらどうですか?」


 と、突拍子もない提案をしてきた。ユウリは未だ、ティーナの想い人がクロルドだと勘違いをしている。


「え?」


 意味がわからないティーナだったが、クロルドは違った。明らかに面白くないという表情をしたフェンネルを見て、


「いいね」


 と、その提案に乗ったのだ。


「え、ええ!?」

「ほら、前にデートの誘いをしたろ? ユウリの言う通り、今日その約束を果たしてもいいじゃないか!」

「そんな約束してないですよ……」


 ティーナは明らかに迷惑そうだが、ユウリの意図がわからずにはっきりと断ることができない。ティーナは何故ユウリがこんなことを言い出したのか、意図を知るために知恵を振りしぼる。そして、ある結論に達した。


 わかった! ユウリはノルスとご飯に行きたいんだ!


「それならノルスとユウリも一緒だったらいいですよ?」


 その発言に赤面したのはユウリだ。ティーナの恋を応援したいがための提案だったので、まさかこんなことになるとは思わなかった。


 二人のことを思えばここは引くべきところだろう。だが、ユウリはノルスと一緒に町に出かけたことなどない。ティーナのその提案は、ユウリにとってヨダレが出そうなほど嬉しいものだった。


「なるほど、Wデートってわけ?」

「デートでは決してないですけど」


 クロルドは横からの殺気が増したことにニヤニヤと笑う。


「本当は二人きりがいいけど、まぁ、ティーナがそれでいいならそうしようか」

「僕に拒否権はないんですか」


 ノルスは突然巻き込まれたことにうんざりとした表情をしている。


「いいじゃないか、たまには。付き合いも大事だよ?」

「はぁ、どうせクロルド隊長は断っても無理やり連れていくんでしょう? わかりましたよ」


 クロルドのめんどくささを誰よりも理解しているノルスは頷いた。ユウリはパアっと顔を明るくする。ティーナはその表情が見られただけで、クロルドとの食事を我慢してもいいと思った。


「それじゃあ行こうか」

「……待て」


 そこに満を持して割り込んできたのはフェンネルだ。フェンネルは完全に怒っている。


「どうしたの、フェンネル?」

「……俺も行く」

「へ?」


 ティーナは驚く。フェンネルがクロルドとプライベートで一緒に食事をするなど、長い付き合いで一度も見たことがない。


「フェンネルも? 何でまた?」


 すべてわかっているクロルドだが、面白がってあえて尋ねる。


「何となくだ。いいよな、ティーナ?」


 ティーナは何故フェンネルの機嫌がここまで悪くなってしまったのか、そして何故クロルドもいる食事会に行くと言い出したのかがよくわからない。だが、フェンネルと一緒に食事ができることを、ティーナが嫌がるはずがなかった。


「もちろんです!」

「よし、じゃあ行くぞ」


 フェンネルはしっかりティーナの隣をキープして歩き出した。クロルドはくすくすと笑い、ユウリは四人を見てあたふたとしている。


「第一、第二小隊の隊長と副隊長が全員揃って食事なんて。そこに私まで……」


 ユウリは普段ではありえないことに恐れ慄いていた。しかし、ノルスが文句も言わずに歩き出したことで気を取り直し、豪華メンバーと共に町へ向かって歩き始めた。

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