作戦その10 慣れない町で二人きりの休日を!
第一小隊は任務を終えて王都へ戻ることになったが、第二小隊は残って他の魔獣がいないかどうかの確認と、何故魔獣がこんなに早い時期に人里近くにまでやってきたのかの調査を行うことになった。
具体的には周辺の警備と共に、フェンネルたちが倒した魔獣を解剖し胃の中身の検査を行った。思った通り胃の中は空っぽ。餌を求めてこんなに人里近くまでやってきたと推測された。
この冬は寒さが厳しく、雨が少なかった。そのことから動物の好む作物が育たなかったことで動物が減り、その動物を餌とする魔獣が食料を確保することができなかったと思われる。
他に魔獣が見当たらなかったため、ジュードの町の近くまでやってきた魔獣は群れからはぐれてしまったのだろう。なので、その飛行型魔獣たちがどこからやってきたのか特定は難しかった。しかし、他の魔獣も餌に困っているということだろう。
王都付近だけでなく、田舎町の方では例年よりも厳重な警戒が必要になるだろうという結論に至った。
調査や警備にも目処がつき、第二小隊も王都へと戻ることになった。その前日の夜、隊員たちの強い勧めにより、フェンネルとティーナは揃って束の間の休みを取っている。
「お二人とも働き詰めですから、たまには休んでください!」と、いうのが隊員たちの言い分だったが、本音は違う。慣れないジュードの町で二人を一緒に休ませれば、特にすることもないので一緒に行動することになるだろう。二人きりで慣れない町、新しい関係に発展するかもしれない、という隊員たちの作戦なのだった。
その思惑は当たり、フェンネルとティーナは一緒に町を歩いている。夕食を食べる店を探しながら、ぶらぶらと町の様子を見ていた。
「ジュードの町をこんなにゆっくりと見たのは初めてです」
「そうだな。普段俺たちは魔獣のいる場所にしか行かない。こんな都会で魔獣が出ることはそうそうないからな」
ジュードの町は王都から一番近い町とあって活気がある。見慣れぬ店が多く、二人共心なしか浮足立っていた。
「あ、あのお菓子屋さん美味しそうです!」
「ティーナは本当に甘いものが好きだな。帰りに寄るか」
「いいんですか? ありがとうございます」
ティーナは普通の女の子の表情に戻って嬉しそうに微笑む。その顔は隊員たちも見ることができないリラックスしたものだ。
「王都のお菓子屋さんにも休みの日に時々行っているんですよ」
「好きなもんがあるのはいいことだな」
フェンネルも普段よりも穏やかに笑う。
「フェンネル隊長も町にご飯食べに行ったりするんですよね?」
「時々な。冬はよく行くが、最近はどうもな」
「忙しくなってきましたからね。今後、さらに忙しくなりそうです」
「今年は遠征も増えそうだな」
今回の調査結果から、餌を求めた魔獣が人里に降りてくることが予想される。地方にも対魔獣騎士団はいるが、地方の人数と戦力だけではとても足りないだろう。
「いろいろな町のごはんが食べられるの、楽しみですね」
フェンネルは忙しくなることでティーナの身体の疲れなどを気にしたのだが、そのティーナは嬉しそうに微笑む。そんな脳天気なことを言うティーナにフェンネルは呆れながらも安堵した。
そんな話をしていた時。
「ミラ! ミラ!!!」
と、いう女性の叫び声が聞こえてきた。フェンネルとティーナはその異常を知らせる必死な声色に、咄嗟に腰につけた剣に手を当てて臨戦態勢を取りながら声の方向を見た。
すると、そこには通りで一人の女性が道の先を指差しながら叫んでいるのが見えた。
「誰か! 人攫いです! ミラを、ミラを助けて!!!」
指差す方には、男と思われるあまり綺麗な身なりではない人間が、女児を抱えながら全速力で走っているのが見えた。
「フェンネル隊長!」
町の警備は兵士が担当するので、対魔獣騎士団は完全な管轄外だ。だからと言って、それを待てるティーナではない。そして、それはフェンネルも同じであった。
ティーナがフェンネルのことを呼ぶと同時に二人は走り出した。
「子供がいるんじゃ雷は落とせねえな」
全速力で走りながら、フェンネルは舌打ちをする。普段から鍛えている二人の足は早く、追いつくことはできそうだ。
前を走る男が後ろを振り返り、追っているフェンネルたちを見てぎょっとした顔をする。男はすぐに路地に逃げ込んだ。
「挟み撃ちにしたいところですが……」
「地形がわからねえからな」
慣れない町の、それも路地となると下手に別の道を行ったら見失ってしまいそうだ。クロルドのような空を飛ぶことのできる風魔法があれば別だが、二人には相手を捕捉する術がない。
男は路地をくねくねと曲がっていく。背中が見えては消え、見失わないようにするのに必死だ。
ただ、そこは百戦錬磨の二人。自分たちに不利な状況でも、諦めることはない。
「足止めするぞ!」
「わかりました!」
フェンネルのその一言だけで作戦を察したティーナは魔力を練った。角を曲がり、男の背中が見えたところでフェンネルが素早く雷を打ち込む。周りに凄まじい音が響き渡った。
「うわっ!」
男は雷の音に怯んだ。その雷が男に当たりそうになったところを、防御魔法で防いだのはティーナだ。男に当たれば抱えている子供にも感電する。
そこで、ティーナは男もろとも雷から守った。フェンネルの魔法は男を怯ませ、足を止めさせるための陽動なのだ。
フェンネルがさらに雷を打ち込み、ティーナがそれを的確に防ぐ。何が起こっているのか理解ができない男は、壁にぶつかりながら雷を避けるように左右に逃げる。その動作は、フェンネルとティーナが男に追いつくために十分な時間を稼いでくれた。
「観念しなさい」
ティーナが男の首のすぐ側に剣を突き立てる。男が動きを止めた隙きにティーナの後ろから素早く現れたフェンネルが男の腹に重い拳一発を打ち込み、男は呻きながら倒れた。
落ちそうになった子供をティーナが素早く受け止める。子供は気絶しているが、息は正常だった。
「ミラ!!!」
雷の音を追いかけてきたのだろう。兵士と共に母親らしき女性がやってきた。ティーナは抱えていた子供を母親に渡す。
「ああ、ミラ……! 良かった、良かった……」
母親は泣きながら子供の頭を撫でる。男を兵士に引き渡したティーナとフェンネルはその様子を笑顔で見つめた。
「ありがとうございます」
子供の無事を確認した母親はフェンネルたちにお礼を言った。何度も、何度も。
「自分の力を人助けに使うことができて嬉しかったです」
その場を離れた二人は町の食堂で夕食を食べている。食べながらティーナがそんなことを口にした。
「人助けって、いつもしてるだろうが」
フェンネルは当然のことのようにそう言う。
「魔獣を倒すことだって人助けだろ」
「それはそうなんですけど、魔獣が人に出会う前に倒すことが多いじゃないですか。だから、こう直接的に人を助けられて、改めて実感が湧いたというか」
ティーナは食事の手を止めて微笑む。
「私、ずっと自分の魔法は自分を守るために使ってきました。騎士団に入ってからも自分の居場所を守るために戦っていたようなもので。でも、こうやって人を助けられてるんだって思うと、嬉しいです。自分の魔法の使い方をようやく見つけられた気がして」
フェンネルも食事の手を止めて珍しく真顔でティーナを見る。
「私はこれからも、こうして誰かを守っていきたいです。それが私の生きる意味なんだって思います」
そこまで話してティーナは照れたように微笑む。
「何だか恥ずかしい話をしてしまいましたね。食べましょう」
ティーナは食事を再開するが、フェンネルは真面目な顔でティーナを見つめたままだ。その様子に気がつき、
「フェンネル隊長?」
と、不安そうに首を傾げる。
「いや、悪い」
我に返ったフェンネルは首を左右に振って、困ったように微笑む。
「俺も似たようなことを思いながら戦ってるから、少し驚いて」
「そうなのですか?」
ティーナはフェンネルの戦う理由などを知らない。そもそもフェンネルは自分の過去などは話そうとしないのだ。
「ああ。俺も守るために戦ってる。それが俺の義務で、生きる意味だと」
何かを思いながらそう口にしたフェンネルをじっと見つめる。いろいろと聞きたいことはあるが、それはフェンネルが話したいと思った時に聞ければいいとティーナは思った。
「同じですね」
質問の代わりにティーナはそう言って微笑む。
「そうだな。俺は、ティーナにそんな信念があるとは思わなかったが」
「私はフェンネル隊長に救われてここにいます。救われた命を他の誰かを救うために使いたい。そう思うのです」
「そうか……」
フェンネルはそう言ってから何か考え込むように黙り込んだ。そのまま黙ったまま食事は続いたが、ティーナの胸は温かく満たされていたのだった。
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