作戦その9 恋の相談相手を作ろう!2
「こんばんは」
緊張から高くなってしまった声でティーナはユウリに声をかけた。
「……こんばんは」
ユウリは明らかにティーナを警戒している。それでも、上官であるティーナを無視するわけにもいかないので、挨拶だけは返した。
ティーナはユウリと並んで壁にもたれかかり、そっと様子を窺う。横から見るユウリは唇も頬もぷっくりと柔らかそうに膨らんでいて、同じ女性なのにドキドキしてしまうくらいだ。
「楽しんでいる?」
「ええ、まぁ」
作戦中には上げているプラチナブロンドのサラサラとした髪の毛を下ろしているということもあり、ユウリの女性らしさが際立っている。女性と接することがほとんどないティーナは、女慣れしていない男のように普通に会話もままならない。何を話せば女性が喜ぶのかわからないので、日常会話を振ってみるが一向に盛り上がる気配はなかった。
そんなティーナにしびれを切らした気の短いユウリは、
「何かご用ですか?」
と、切り込んだ。
「何も用がなければ失礼したいのですが」
「ちょ、ちょっと待って!」
せっかくのチャンスをふいにしたくないと、ティーナはユウリを引き止めた。しかし、その引き止め方は下手だ。
「こ、恋の話でもしない?」
ユウリを引き止めるために出した話題は直接的なもの。もっと順序立てて会話をするつもりだったのに、とティーナは後悔するが、その言葉は意外にもユウリに響いた。
「恋、ですか。それはティーナ副隊長の恋の相談相手になってほしいということですか?」
これはユウリにとっても聞き捨てならない話題だったのだ。ティーナがノルスのことをどう思っているのか、確かめるチャンスだから。
「私の話もそうだけど、ユウリの話も聞きたい。こういう話をできる相手が騎士団にはいないから……」
「その点に関しては同感です」
ユウリは進めかけていた足を完全に止めてティーナの隣に再び落ち着く。その状態でユウリはノルスの、ティーナはフェンネルの場所を確認する。二人共離れたところにいて、話を聞かれる心配はなさそうだった。
「それではティーナ副隊長からどうぞ」
「ええ、あの、私はある人に長く片想いをしているの」
「長く片想いを」
ティーナの話を聞きながら、ユウリは相手がノルスなのかどうなのかを見極めようと考えている。
「でも、その人は私に恋愛感情がないみたいで……最近、結婚を勧めてくるの」
「結婚を?」
ユウリは訝しげな顔をした。
「ティーナは騎士としてじゃない幸せを見つけるべきだ、とか言って」
「それは暗にその人がティーナ副隊長を口説いているということはないのですか?」
「それは絶対にない。独身の隊員を勧めて来たりするから」
「……ひどい」
自分のことを考えていたはずのユウリだったが、ティーナの話にすっかり腹を立てる。もし、自分がノルスにそんなことを言われたらショックで寝込んでしまいそうだ。
見た目は可愛らしいユウリだが、流石は騎士。怒って出した声はなかなかの迫力がある。
「どういう神経してるんですか。それでもよく好きでいられますね?」
「自分でもバカだなって思うけど……どうしようもないんだよね」
ティーナは苦しそうに笑う。辛そうな顔を見て、ユウリは拳を握った。
「ティーナ副隊長は強いんですから、殴ってやればいいんです」
「私の力じゃ敵わないよ」
「ティーナ副隊長よりも強いんですか!」
ユウリは目を丸くする。ティーナより強い人間と言えば、団長か隊長陣しか考えられない。副隊長であるノルス相手にならば、ティーナでも一発は入れられそうな気がする。
「それにね、片想いだってことはわかってるんだ」
「どうしてそう思うんですか?」
「その人にはね、たぶん他に好きな人がいる」
「そんな……」
初めて自分の恋の話をするティーナは、今まで溜め込んできた想いが爆発してユウリに語り始めていた。それは、ユウリが親身になって聞いてくれているからでもある。
「間違いないんですか?」
「うん。じゃなきゃあんな素敵な人があんな歳になって独り身でいるはずがないし」
あんな歳になって? ノルスはティーナの一つ下の二十二歳だ。「あんな歳」というのには当てはまらない。それならば相手は……クロルド隊長?
ユウリの予想は何故かフェンネルを通り越してクロルドという結果をはじき出した。クロルドはユウリにとって信頼すべき上司だが、女関係に関してはだらしがないし、いつもノルスを困らせているという点では思うところがある。
「それにね、その人はいつも肌身離さずあるペンダントを着けてるの。それを見る時、いつも見せないような顔をするから、たぶん……」
「ティーナ副隊長……」
ティーナの相手がノルスでないとわかったユウリはすっかり心を許していた。同時にティーナにそんな顔をさせるクロルドが腹立たしくてしょうがなくなってしまう。
「それより、ユウリの話も聞かせてほしいな」
「私の話ですか」
ティーナの相手探しに思考が向いていたユウリの脳裏にノルスの顔がポッと浮かぶ。
「どんなところが好きなの?」
「……優しいところでしょうか」
「優しい……?」
ティーナの認識するノルスに優しさが結びつかない。それは、いつもクロルドを冷たくあしらっているところしか見ないからなのだが。
「気配りができて頭が良いです。あと、顔も……」
ノルスのことを話すユウリは気の強さが霧散した乙女の顔だ。こんな顔をさせるノルスが羨ましいと思ってしまう。
ティーナにとってのノルスは同僚でしかないので、ユウリがそこまで言う程素敵な人だと思っていなかった。顔だってフェンネルの方がいいし、と本気で思うティーナも相当な重症だ。(ちなみに、女性百人に聞いたらその内八十人はノルスの方が格好いいと言うであろう)
「その人とは上手くいっていないの?」
「はい……」
ユウリはぐいっとティーナの方へ身を寄せる。
「ノ……その人は、私のことを何とも思っていないと思います」
危うく名前を言いかけてしまったユウリだったが、そんな悩みをティーナに打ち明けた。
「そうなの? ユウリは魅力的な女性だと思うけど」
「ありがとうございます。でも、ノル……その人は仕事で頭がいっぱいなんです。町の女の子から声をかけられてもなびきもしないとか。それは安心要素でもあるのですが、とにかく強い人ばかりを見ているので、私も強くならなければいけないんです。それこそ、ティーナ副隊長のように」
饒舌に語ったユウリはティーナを真っ直ぐに見つめる。
「私?」
「そうです。私もティーナ副隊長みたいに強くなれればもっと信頼されるし、見てもらえると思うんです!」
「そうかなぁ……」
ティーナからしてみれば、ノルスからそういう恋愛感情を向けられたような記憶はない。確かに堅物で、なんだかんだ言いながらも強いクロルドのことを尊敬しているのはわかるけれど、それが恋愛に結びつくのかは正直よくわからない。
「お互いに強くなりましょう」
身体をティーナの方へ向けたユウリは強い意志が感じられる瞳でそう言う。
「私は強くなってその人に見てもらえるように。ティーナ副隊長も強くなって、一発殴れるように」
「ユウリ……」
ティーナもユウリに身体を向ける。初めてまともにユウリと向かい合い、言葉を交わすことができた。そして、恋の話も。そのことがティーナにとっては何よりも嬉しい。
「そうだね、お互いに頑張ろう」
「はい!」
二人は固い握手を交わした。頑張る方向性が違う気がしてならないが、それを指摘してくれるまともな考えを持つ女性は、この場にいないのだった。
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