作戦その8 実戦でさらに距離を縮めよう!2

「それじゃあ後は頼んだぞ、ノルス」


 緊急招集から数えて六時間後。ジュールの町の入り口に到着した騎士たちは、町長から魔獣はまだ町付近に現れていない旨の報告を受けた。


 思っていた通り住民の避難は思うように進んでおらず、人手が足りない状態だ。それらを、連れてきた隊員の内三十名とそれをまとめるノルスに任せ、クロルドやフェンネルたち四人と隊員約十名は魔獣の目撃情報があった場所へと向かうために別れることになった。


「こちらは任せてください。クロルド隊長たちもお気をつけて」

「すぐに片をつけて戻ってこよう」


 フェンネルたちはそれぞれ馬に乗り、上を見上げながら走り出す。今のところ魔獣が飛んでくるような気配はない。


「フェンネル」


 常に負けず嫌いなクロルドはフェンネルに一歩でも先に行かれることを嫌がり、馬に鞭を打ちながら並走している。


「ポイントに着いたら俺は空に上がる。魔獣を倒すのはこの俺だ!」

「はいはい、どうぞご勝手に」


 移動の間に気分の落ち着いたフェンネルは意気がるクロルドに適当な返事をした。クロルドはフェンネルと協力する気は毛頭ないらしい。


「ユウリ!」

「はい!」


 クロルドの少し後ろを走っていた女性は名前を呼ばれると、馬の足を早めてクロルドと並ぶ。ハツラツとしたプラチナブロンドの女性は、ティーナとは違い騎士であっても女性らしさの感じられる身体つきだ。特に胸部は、騎士服を着ていてもふっくらとした膨らみがわかる。


「ポイントに着いたら俺に強化魔法を。第一小隊の隊員は全員空に上げるよ」

「承知しました!」


 ユウリは強化魔法のスペシャリストだ。魔力回復を促進したり、対象者が発動した魔法を強化したりできる。なので、クロルドはユウリを自分の後衛につけることが多いのだ。


 クロルドからの指示を聞いて後ろへ下がったユウリとティーナの目が合う。すると、ユウリにきつい目つきで鋭く睨まれてから逸らされたので、ティーナは困ったように眉尻を下げた。


「私たちはどうしましょう?」


 気を取り直したティーナはフェンネルの横に並んでそう尋ねる。


「着いて地形を見てから隠れていそうなところを当たるか」

「わかりました」

「見つからなければ、派手に動いて急襲されるのを待とう」

「そうですね」


 空を飛べないフェンネルたちはクロルドとは全く別の作戦を立てた。一行は魔獣が目撃されたというポイントに到着するが、空を見ても魔獣の気配はない。


 クロルドたちは馬を止める。馬を木につなぎ、空へ上がる準備をするのだ。その横をフェンネルたちは駆け抜けていく。


「あの丘辺りが怪しい! その奥には小さな森もあったはずだ!」

「それじゃあ丘へ向かいましょう!」


 先行していたフェンネルたちの上をクロルドが飛びながら追い抜いていく。それを見たティーナは、


「先に見つけられてしまうでしょうか」


 と、心配する。


「大丈夫だ。見つけたとしても、倒すスピードは俺たちの方が上だしな」

「ですね」


 自信満々なフェンネルの言葉にティーナも気持ちを軽くして同意した。


 丘を登るにつれて、その奥にそびえる山と言っていいのか悩むレベルの小さな山が見えてきた。その山には木々が鬱蒼うっそうと生い茂っていて、見通しは悪い。


「上から見るのも限界があるだろうな」


 フェンネルたちは丘の上で馬を止めた。目を凝らすが魔獣の気配はない。


「どうしますか?」

「あそこへ雷を落とす」


 魔獣をおびき出すために飛行型の嫌がる雷をフェンネルが落とし、怒らせて急襲させるという作戦だ。危険な作戦だが、ティーナの固い守りがあるからこそできる。


「ボックス、俺とティーナの馬を頼む! 自分の身は自分で守れよ!」

「はい!」

「ティーナ、行くぞ!」

「わかりました!」


 馬から飛び降りたフェンネルは指示をするとすぐに強大な魔力を練り始める。フェンネルは魔力量が飛び抜けて大きいので、このサイズの山へなら満遍なく雷を打ち込めるだろう。


 ティーナも魔力を練りながら周囲を見回す。丘の上からはジュールの町もが遠くに確認でき、見晴らしがいい。それだけ周囲には何もないということだ。


 今ティーナたちがいる丘の辺りから起伏が出始める地形で、確かに空に見当たらないのであれば、この山か、さらに奥に潜伏している可能性が高い。ティーナはこの短時間でそれを見極め、実行に移すフェンネルの判断力に改めて感服した。


「よし、やるぞ!」

「はい!」


 フェンネルの声に視線を山へ向ける。山の向こうに空を飛ぶクロルドとユウリらしき人物の姿が見えた。


 フェンネルが手をかざすと、山の上に大きな音を立てて雷が落ちる。ティーナたちは聞き慣れているが、初めて側で聞く人がいたとしたら身を震わせる程の衝撃だ。


 そんな雷が五発程山に打ち込まれた時、その方角から悲鳴のような大きな声が聞こえてきた。ティーナはすぐに剣を抜く。間違いない。この声は何度も聞いたことがある魔獣の鳴き声だ。


 ざわざわ、と木々が音を立てると同時に、何かが急上昇するのを目で捉えた。


「来るぞ!」


 いつの間にか剣を構えたフェンネルが叫ぶと、三体の魔獣が急降下して来るのが見える。思っていたよりも数が少ない。これならば瞬殺だ、とティーナは思いながら、軌道を予測して防御魔法を発動させた。


 魔獣の鋭いくちばしはティーナによってあえなく防がれ、それぞれに体制を崩す。その隙を狙ってフェンネルが雷を打ち込んだ。


「グエェェェ!!!!」


 耳を塞ぎたくなるような大きな鳴き声が響き渡る。それにも怯まず、フェンネルとティーナはとどめを刺すために、落下しようとする魔獣にそれぞれ剣を振るった。


 魔獣三体はパタパタと地面に落ちる。隊員たちが駆け寄って確認すると、三体とも力尽きていた。


「これで終わりか?」

「確認しましょう」


 フェンネルとティーナがもう一度山へと視線を向けると、


「その必要はないよ」


 と、言いながらクロルドが空から降りてくる。


「山とその奥を確認したが、魔獣の悲鳴に呼応するものはいなかった。これですべてだろう」


 仲間意識の強い魔獣の悲鳴は近くの味方を呼ぶ効果を持つ。それに反応しなかったということは、この辺りに潜む魔獣はいないということだ。


「そうか。じゃあ一応念のため周囲を確認して作戦終了だな」

「お疲れ様でした」


 魔獣の緑の血を浴びた状態のフェンネルとティーナは微笑み合う。生態はまだ詳しくわかってはいないが、飛行型魔獣の血の色は緑のことが多い。


「今回は負けたけど、それはフェンネルが魔獣の苦手魔法を持っていたからだ。次はこうはいかないからな!」


 クロルドは悔しそうにそう言い捨てて、再び空へと舞い上がって行った。


「そういや、どっちが先に倒すか、みたいな話をしていたんだったか」

「忘れてたんですか? その発言をクロルド隊長が聞いたら怒りますよ」


 ティーナは先ほどまでの緊迫した雰囲気を収めて穏やかに笑う。


「あいつと直接戦うならきついけどな。雷は風に弱い」

「それでもいつもいい勝負しているじゃないですか」


 対魔獣騎士団には冬の時期に戦力維持も兼ねて騎士同士の武闘会が行われる。そこでのフェンネルとクロルドの勝率は五分五分なのだ。


「実戦の方が有利だ。ティーナもいるからな」

「フェンネル隊長……」


 フェンネルからの最高の褒め言葉にティーナは顔を綻ばせた。そんなティーナの頭をフェンネルはよしよしと撫でる。


 突如やってきた甘い時間に隊員たちはやれやれと密かに嘆息した。こんなにも息ぴったりでお互いを必要としているのだから、プライベートでもさっさとパートナーになってしまえばいいのに。ただ、その気持ちの悪い緑の返り血を浴びた状態でいちゃいちゃするのは、不気味なのでやめてほしい。


「今日もよくやったな。警戒しながら町に戻ろう」

「はい!」


 フェンネルたちは馬に跨り、再びジュールの町へと戻っていった。

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