作戦その8 実戦でさらに距離を縮めよう!1
「緊急出動を要請する」
対魔獣騎士団、団長室。集められた各小隊の隊長、副隊長の前で団長のエルビスは険しい口調でそう言った。
「王都から一番近いジュールの町近くで魔獣の目撃情報だ」
「この時期に、早いですね」
手を後ろで組んだ直立の姿勢で指示を聞いていたクロルドがそう発言する。
「夏ならまだしも、今はまだ春ですよ」
魔獣が活発になりはじめる春は、生息地付近で活動することがほとんどだ。そのはずなのに、こんなに早い時期に人の住む場所、それも王都の近くで魔獣が目撃されることは珍しい。クロルドの疑問も最もだった。
「目撃されたのは飛行型だ。餌が足りなくなってきているのかもしれんな」
エルビスもただでさえ厳しい顔をさらに険しくして続ける。
「原因の究明は置いておいて、ともかくジュールの住民の安全確保と王都への進攻を止めることは急務だ。第一小隊、第二小隊が合同でジュールに急行し、現地の兵士と合流して住民の避難と魔獣を討伐するのだ。第三小隊、第四小隊は王都に残り、もしもの時に備えよ」
「はっ!」
任務を受けた隊長、副隊長たちは一斉に敬礼をしてから、慌ただしく団長室を後にした。早足で歩くフェンネルとティーナの顔も普段より引き締まっている。
「ティーナ。隊員たちはすぐに出動できるか?」
「はい。詰所に待機させています」
「よし」
「フェンネル」
追いついてきたクロルドがフェンネルを呼び止めた。いつもヘラヘラとしているクロルドも緊急事態とあっては一人の騎士隊長の顔つきだ。
「ジュールの住民の数は王都に次ぐ規模だ。ひとかたまりに集めて警護することになるが、その避難にも相当な時間と人員が必要だろう」
「そうだな」
「ジュールの兵士だけじゃ到底足りない。俺たちからも相当な数の隊員を住民避難に割く必要がある」
魔獣の数や強さもわからないため、本当は全隊員で討伐に当たりたい。だが、どこから来るかわからない飛行型魔獣から住民を守ることを第一に考えれば、住民の側に隊員を置いておく必要がある。
「相手は飛行型魔獣だ。ここは討伐を俺たち第一小隊に任せて、第二小隊は住民の避難の方を担当してくれ」
「なんだと?」
黙って聞いていたフェンネルだったが、最後の言葉には眉をひそめて反応した。
「俺の魔法は風だ。空での戦闘が可能な魔法を持っているのだから、今回は俺に任せるべきだ」
「ちょっと待て」
フェンネルはクロルドに向き直り、口調を荒げる。
「俺の魔法は雷。飛行型に有効な魔法を持っているのは俺だ」
「いくら有効な魔法を持っていても、魔獣の姿を確認できなければ意味がないだろう? 俺が倒す」
「何を……っ!」
「ちょっと! 言い争っている場合じゃありませんよ!」
フェンネルの頭に血が上ったことに気がついたティーナは、ヒートアップする前に止めに入った。
「なんだ、ティーナ。お前もこいつの作戦に乗るべきだと、そう言うのか?」
火の粉がティーナに飛び火する。本気で怒るフェンネルに臆することなく、ティーナは真っ直ぐに向かい合った。
「そんなはずないじゃないですか。ここは、第一小隊ではなく、私たち第二小隊が対応すべきです」
「おいおい、ティーナ」
止めに入ったはずのティーナが事態を悪化させるような発言をしたのでクロルドは呆れの声を出す。結論が出なくなりそうな三人のやり取りに冷静な一言で切り込んだのは、クロルドの側で黙っていた一人の男だった。
「それならクロルド隊長、フェンネル隊長、ティーナの三人で騎士たち数名を連れて討伐に向かわれては? 住民の避難は僕が指揮を執ります」
「ノルス」
発言したのは第一小隊、副隊長のノルスだ。切れ長の瞳は冷たく、いつも熱くなってしまうクロルドとは対極にいる副隊長。第一小隊の隊員たちからの信頼も厚い、若き精鋭だ。
「僕の火魔法は飛行型との戦闘に向きませんから、その配置がベストかと」
「何だ、悔しいの?」
「違います」
ノルスはクロルドのからかいも冷たくばっさり切り捨てる。それも、二人のやり取りとしてはいつものことだ。
「クロルド隊長にはユウリを帯同させましょう。僕たちは住民の避難に目処がつき次第、援護に向かいます。それまで少ない人数でどうにかできますか?」
「もちろんだ」
クロルド、フェンネル、ティーナの戦力は隊員たちの戦力をも凌駕する。飛行型魔獣の数はわからないが、春だということから手に負えない数ではないと想定すると、十分に対応できるはずだ。それをわかってノルスはそう提案し、クロルドたちにも自信があるのでその案を飲むことに決めた。
「それじゃあすぐに支度して来るんだな」
「言われなくても」
「魔獣は俺が仕留めてみせる」
「いや、俺だ」
クロルドとフェンネルは子供っぽいやり取りを交わした後、それぞれの詰所に向かうために別れる。勝手にライバル視しているのはクロルドの方だが、売られた喧嘩を買わずにいられないのがフェンネルなのだ。
二人と別れてからフェンネルは、
「絶対に勝つぞ」
などと、本来の目的を忘れたような発言をティーナにする。ティーナは少し陰った表情で、
「もちろんです」
と、頷いた。ティーナの少しの変化にもすぐに気がつくフェンネルは、
「何か心配ごとか?」
と、即座に尋ねる。
「あ、いえ……」
ティーナは言わないでおこうかと躊躇ったが、結局ぽつりと零した。
「私はユウリに嫌われているみたいなので、一緒に作戦をするのは気が重いな、と」
「ああ、ユウリか……」
ユウリは第一小隊の隊員。対魔獣騎士団の数少ない女性の一人である。同じ女性なので、ティーナは仲良くなりたいと思っているのだが、ユウリは初めからティーナと仲良くなるつもりはないようだった。
それは、ユウリがある理由からティーナを敵対視しているからなのだが、ティーナはそのことをよくわかっていない。
「まぁ、あまり気にするな。クロルドとユウリはいないものと思え」
「そんな無茶な」
フェンネルのいつもの自分勝手発言にクスリと笑ったティーナは、自分の立場と任務の重要性を思い出し、余計なことは考えないようにしよう、と頭を切り替えた。
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