作戦その1 女性らしさで彼を誘惑!?
「ティーナ副隊長。ただいま戻りました」
巡回を終えてハイルシュタット王国の騎士団本部、第二小隊詰所に戻ってきた隊員の一人がティーナに声をかける。
「お疲れ様。どうだった?」
ティーナは優しげな笑顔を隊員に向けた。背筋をピンと張っているティーナは、女性にしては元々高い背がさらに高くなったような存在感がある。燃えるような赤い色が特徴の長い髪の毛は一つにまとまっており、ティーナが動く度にゆらゆらと揺れた。
「問題ありませんでした」
「そう、よかった」
魔獣という魔法を使う凶暴な獣から国民を守るのがティーナ達、騎士団の仕事だ。平時は安全を確認するために王都の周りを巡回している。
「あの、帰りに町の女性からティーナ副隊長宛のプレゼントを預かったのですが」
「ああ……」
ティーナは鼻筋の通った中性的な顔で困ったような表情を浮かべた。
「ごめんね、ありがとう」
町の女性から人気が高いティーナがこうしてプレゼントをもらうのはよくあることだ。ピンク色の包みを受け取ったティーナはその包みを開けることなく机に置こうとした。
「ティーナ副隊長。よければ今開けていただけませんか?」
「今?」
ティーナは首を傾げ、レモンイエローの瞳を丸くさせる。
「感想を聞いてきてほしいと頼まれているのです」
「なるほどね」
一旦プレゼントを置こうとしたティーナはもう一度それを取り上げた。
「お菓子かな?」
「中身は聞いておりませんが」
隊員のその発言は嘘だ。なぜなら、これは隊員が企てたフェンネルとティーナをくっつけるための作戦の一つで、プレゼントも隊員が用意したものなのである。
ティーナは丁寧に包みを開けて中のものを持ち上げた。
「これは……」
「洋服ですね!」
中身は白い布地に小花柄がちりばめられたワンピース。隊員の一人が街の洋服屋で働く妹に、背の高いティーナでも着られるようなワンピースを見繕ってもらった。ひらりと広がる裾が何とも女性らしい一品である。
「これを……私に?」
疑問も最もだった。ファンはいつもティーナが異性かのように接し、きゃーきゃーと黄色い声を上げる。そんなティーナに女性らしいワンピースをプレゼントするだろうか、と。
「着てみてくださいよ!」
隊員はティーナにこれ以上突っ込まれる前にそう提案する。
「私に似合うわけがないでしょう」
ティーナは恥ずかしそうにワンピースを見つめた。だが、ティーナだって女性。こういう服装に興味がないわけではなかった。
「せっかくもらったんですから! それに、着ていただけた方が感想を伝えやすいです!」
「それはそうかもしれないけど……」
「ぜひお願いします!」
戦闘時ではないティーナは心優しく押しに弱い。それを知っていて隊員は強く勧める。根負けしたティーナはため息をついた。
「もう……すぐに脱ぐからね?」
「ありがとうございます!」
ティーナは女性用の、つまりティーナ専用の更衣室に入っていく。その間に部屋の外で待機していた隊員たちがこっそりと中にに入ってきた。ティーナとフェンネルをくっつける作戦とはいえ、みんな女性らしい服を着たティーナに興味がある。
この作戦は普段汚れた訓練着姿や騎士服姿という女性らしさとかけ離れた格好しかできないティーナを着飾ることによって、フェンネルにより女性として意識させようというものだ。
「ティーナ副隊長、似合うかなぁ」
「似合いすぎて惚れちゃったらどうしよう!」
「そんなことしたらフェンネル隊長に殺されるぞ」
隊員たちがこそこそとそんな会話をしていると、着替えを済ませたティーナが顔だけを覗かせた。
「なんか増えてる……」
詰所内を確認したティーナは恥ずかしそうに視線をキョロキョロと彷徨わせる。
「ティーナ副隊長! 着替えは終わりましたか!?」
「ええ、でも……」
「ほら、早く! 笑ったりしませんから」
そう言う隊員たちに腕を引かれてティーナが姿を現わす。
「おお……」
隊員たちから感嘆のため息が漏れた。小花柄のワンピースを着たティーナはウエストがきゅっと絞まり女性らしい身体のラインが出ている。ふわりと広がったスカートの裾から覗く太ももは艶めかしく色気も感じられた。普段とは違う女性らしい姿で、とても「戦闘狂の女騎士」と呼ばれているとは思えない可愛らしい姿だ。
「とてもお似合いですよ!」
「そうかなぁ」
ティーナは恥ずかしそうに耳を赤くしている。副隊長としてしか見ていない隊員たちもニヤニヤと表情が緩んでしまうことを止められない。
「お前ら何やってんだ?」
と、そこに。タイミング良く隊長のフェンネルが入ってきた。焦げ茶色の髪とがっちりとした体躯を持ったフェンネルは隊員たちの向こうに佇むティーナを見て眉間に皺を寄せる。
「ティーナ、その格好はなんだ」
「申し訳ございません」
羞恥と罪悪感からティーナは目を伏せた。フェンネルは明らかに怒っている。眉を潜め、ただでさえ鋭い茶色の瞳でティーナを睨み付けた。
「町の女性からティーナ副隊長にワンピースのプレゼントがあり、感想を尋ねられましたので着ていただくようにお願いしたのです」
見かねた隊員がそうフォローを入れる。
「こんなところで何やらせてんだ。ここは遊び場じゃねえんだぞ」
フェンネルは申し出た隊員の頭を叩く。ここは対魔獣騎士団の本部。いくら普段リラックスして会話を楽しむことがある場所であっても、ふざけがすぎたのだ。フェンネルが隊長として怒るのももっともなことだった。
「ティーナもそんな誘いに乗るな。訓練が終わったならさっさと着替えて寮へ帰れ」
「は、はい!」
隊員たちは焦る。確かにふざけすぎてしまったかもしれないが、このままだともう二度とティーナはこのワンピースを着てくれないだろうし、フェンネルの感想も聞くことができない。元々はティーナに女性らしい格好をさせてそれをフェンネルに見てもらい、女性としてより意識させるための作戦だったのだから。
「フェンネル隊長はティーナ副隊長のワンピース姿を見てどう思われますか?」
「はぁ?」
さらなるげんこつ覚悟で隊員がフェンネルに尋ねる。フェンネルは険しい表情のままティーナに視線を戻す。ティーナもフェンネルの反応が気になるのだろう、その場で立ってもじもじと返事を待っていた。
「そんなもん、いいわけがねえだろ」
「え」
まさかの反応に詰所が凍りつく。とても似合っているし、ティーナの普段見ることができない女性らしさを出せたと思ったのに。しかし。
「ティーナに一番似合うのは騎士服だ。派手な赤い髪色が濃紺をベースにした騎士服に似合うし、男の俺たちにはない女らしいスラッとした体型が際立つだろ。足の長さだって綺麗に出るし」
フェンネルは予想外に饒舌に語った! 隊員たちはティーナの騎士服姿を特別ジロジロと見たりしないのであまり良く覚えていない。
フェンネルがこうしてティーナを女性として良く見ているような発言をする度に隊員は「早くくっつけよ……」と、思うわけだが、その願いは今のところ届いていない。
だけど、いくら騎士服姿を褒められたとは言え、女性としては可愛らしいワンピースを似合うと言ってもらえたほうが嬉しいだろう。そう思いきや、予想外の反応はフェンネルだけではなかった。
「そうですよね」
ティーナはそう言って頬まで赤く染め、嬉しそうに微笑んだのだ。え、ここ喜ぶところ!? と、隊員たちが呆気に取られるのに気が付かないティーナは、
「申し訳ございませんでした! すぐに着替えて、ここにいる隊員たちと共に筋トレを追加で二十セットしてから帰ります!」
と、フェンネルに宣言した。
「え!?」
「よし、そうしろ」
隊員たちのさらなる動揺をよそに、ティーナはぺこりとお辞儀をして、スキップをしながら更衣室に入っていく。
その後、ティーナに巻き込まれて追加された筋トレで隊員たちの筋肉が悲鳴を上げる。ティーナは機嫌が良くなるとすぐに筋トレを始める性質があるので、注意しなければならなかった、と隊員たちは心から反省したのだった。
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