無名記

らくれ

 変わった絵があった。

 不思議なその絵は、何処を見てるのかはわからない男性の絵。

「怖いよね。何処見てるかわかんないし、見られてるようにも見えるし」

 そうだねー、と二人の女子は怖がった。確かに、『怖い』とも思える絵ではある。だけど、変な話ではある。誰かともわからない人の絵が、美術室でもない普通の教室に置かれてるのだ。普通の教室と言うと語弊があるから、正しく言えば物置に使われてる部屋と言おう。荷物置きの部屋に使われた普通の教室。

「やっぱり、違和感があるんだ。山鍋やまなべどう思う」

「ああ? 俺に聞くかよ。……でもよお、これは怖いよな。荷物に紛れてこれがあるってのは、夜こんなの見たらビビるわ」

 少なくとも今もビビってるのによく言うよ。と私は笑う。

 男子生徒でもビビるような絵。使わない物の中に紛れた1枚の絵。たまたま荷物置きの部屋の清掃をすることになり、見つけたその絵は、数日に渡り私の頭に残った。

「おい、山鍋、あの絵がまた見たい」

「マジか、俺は見たくないぞ。行くなら一人で行ってくれ」

 私は、いつか山鍋を脅すために撮った写真をスマホの画面をスライドして何枚と見せる。

「言わなくてもわかるよね?」

「は、はい、行きます」

 放課後またあの物置に来た。先日来た時と同じ場所に絵はあった。

「見れば見るほど、違和感がある絵だよね。山鍋ー、やっぱり怖い?」

 私の後ろから見る山鍋。覗き込むように見る私とは大違い。そして、恐怖のあまり私の声は聞こえてない。ほんと、使えない。

 色んな場所から、この絵を見る。真正面に立ってみたり、左右の斜め前、下からとたくさんの位置から見る。それでも、違和感は消えない。

「……今日は帰ろう。…おい! 聞いてるのか山鍋」

「あ、おう。聞いてるよ、帰るんだろ」

 お前が使えないのが悪い。私は、山鍋のスネを蹴った。


 家に帰った後も、まだ絵のことばかりを考えていた。もやもやしたこの感じが、どうしても気持ち悪くてしょうがないのだ。

「あー、もー、わかんない」

 ベッドの上で、何枚も似たような絵を見ていた。もちろん、見たところで良さとかはわかるわけもない。有名な画家が描いたって話を見ても、これの何処に注目するべきなのかも見ても、全くわかることもない。

「んー、わかんないわかんないわかんない」

 むしゃくしゃとベッドの上を暴れまわる。最終的に、ベッドの上に正座してゆらゆらと体を揺らす、という所で問題は解決へ向かう。

「ん? あー、なるほど。そういうことか」

 たまたま、本当に気まぐれで入ったサイトに答えがあった。しかも、その絵の特徴が今まで以上にわかりやすく書かれていた。確かに、これなら納得のいく答えだ。

 今日は、もう遅いから、次はコレについて調べよう。数日ぶりに、気持ちの落ち着いた夜。

 翌日、山鍋を引き連れて美術室へと向かった。

「おい、ココに何があるんだよ」

「静かにして、答えはここにあるんだよ」

 美術室にある絵を全てじっくりと見る。昨日とは違い、絵の真正面にだけ立って見ている。

「……ここにはない。そっか、ないんだね」

 全ての絵を見て、それに気づいた。答えは見つかったけど、その答えの証はないんだと。もやもやは、もうないけど、今度は悲しみがあふれる。

「おい、なんで急に泣き出すんだよ」

「だって、あの絵は一人なんだよ。可哀想だよ、そんなのって」

 結局、泣き止んだのはそれから1時間後のことだった。私が、私らしくもない、なんて思ったぐらいに溢れた感情。もやもやは消えた、その時点で、このことを追うのをやめればよかったんだ。


「もう大丈夫です。自分でも、なんであの時に泣いたのかなんて、今もわかりませんけどね」

「きっと……それは、絵に魅了されたからじゃないのかしら。あなたは、あの絵を見たんでしょ」

 保健室の先生は、全てを知ってるかのように話を続ける。

21のことを何処で知ったのかは知らないわ。私が、この学校に来たときに、もう片方は売られてしまったわ。どっかのアフィリエイトって言うのかしら、アクセス数でお金を貰う人。そんな人が買っていったわ」

「なるほど、じゃあ私が見たサイトの管理人さんが、その人の可能性が高いですね」

「この学校は、お金がないのよ。……いい額で買ってたんでしょうね。あの絵を買った人は」

 保健室に異様な空気が流れる。二人だけの空間、空気の重さだけなら犯人と警察が対面するような緊迫した感じだ。

「でも、どうして片方だけなんでしょうね。それなら、2つセットでお金を払いませんか?」

――きっと、何か理由があるのよ。

 深淵をのぞく時、深淵もまたお前をのぞいているのだ、どっかの誰かはそう言ったそうだ。これ以上は、探してはいけない。先生は、そう言っている。

「先生、ありがとうございました。ところで、荷物置きのあの絵は、どうなるんでしょうね。捨てられるでしょうか? それとも、また誰かが買っていくんでしょうか」

「ふふふ、どっちでも同じことよ。気をつけて帰りなさい」

 はい。私は、元気いっぱいに返事をした。

 保健室を出たら、ドアの窓からは見えない場所に山鍋が隠れていた。

「アイツが、結局持っていたのか?」

「さあ、私には関係ないことだよ。どっちにしろ、この事件はもう解決した。帰るよ、山鍋。僕は、お腹が空いたから帰り道で肉まんを奢りなさい」

 嫌なこった、と彼は笑う。私もまた笑う。

 荷物置きのあの絵は、すぐに無くなる。また、どっかの誰かさんが買っていくんだろう。私は、そんなふうに考えた。

 生徒が減ったから、教室は余る。ならば、そこに置くのは生徒ではない。使わないものを置く。生徒が減れば、お金も減る。減った分を戻すには、あるものを削ることになる。

「やっぱり、絵ってわかんないや。山鍋、肉まんね」

「はー、俺だって金ないんだぞ」

 皮肉にもなってないよ。私は、また笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無名記 らくれ @ruru_Raku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ