第113話

 翌日、いつも通り登校する。桜にみっちりとレクチャーされた情報は朝一でちゃんとリリに伝えた。リリからの「ログアウトした後にわざわざ通話したの?」という鋭いご指摘は上手くかわしておいた。たぶん。

 そして、いつも通り午前の授業が終わった。最後の体育の授業は気温の上昇も相まっていつもよりも汗をかいて疲れた。否が応でも梅雨に入り、夏になっていくのを感じる。夏はゴーグルを着けてゲームしてるとゴーグルは曇るわ、Tシャツは汗で蒸れるわで最悪だからあんまり好きじゃない。でも、よく考えれば今年の夏は桜の家でゲームする可能性が高いので快適に過ごせるな……。いや、さらによく考えたらいつも段ボールで蒸されてずっと夏みたいな状況でしたわ!エブリデイサマー!夏はキンキンに効いたクーラーのせいで段ボール内との寒暖の差で風邪ひく可能性もある。想像してると少し寒気までしてきた。よし、昼飯は何か暖かいものを食べよう……。

 「しょうちゃーん」

 そんな事を頭で巡らせながらスマホで「月曜日のたわわ」を確認していると、同級生のたわわ……失礼、リリが話しかけてきた。顔を上げるとまず目に入るのがベストに包まれた巨乳。まったく、夏服への切り替えの時期だからベストを着ているものの、これがブラウスだけになったらどうなってしまうのかしら?ボタンが弾け飛んでしまいませんこと?そんな心配をしながらもう一個上に視線を上げる。するとまん丸とした目が俺を楽しそうに見ていた。

 「今日お昼は?」

 手には小さなお弁当。そんな小さな弁当でよく足りるよな……女子の食事事情はほんとよくわからん。あ、でも桜は結構食うよな……。

 「学食にしようかなと」

 「そっかー、じゃあミカ達と食~べよ」

 リリはそう言うとそそくさと仲のいい友達のところへ行ってしまった。誘おうとしてたのに意外と素っ気ない……なんとなくリリは猫っぽい時があるが、ケモ耳はそういうことだったのか!?

 馬鹿な事を考えないでそろそろ行くか……。

 ここの学食は実は意外と美味い!そして、安い!その条件が揃うと何が起こるのか、容易に想像できる。

 戦争だ。

 学食があるのは1階、スマホと財布を持って階段を降りていくともうすでに土日の繁華街にでも居るかのような喧騒が聞こえてくる。近付いていくにつれ注文カウンターに群がる生徒たちが列を形成しているのが見えてくる。うーん今日も多いな……。いつもは学食内にあるパンを買ったりしているのだが、今日は暖かいうどんが食べたい。我慢して並ぼう。注文カウンターには10人くらいおばちゃんがいて、そこで食券を渡すシステムになっている。そのおばちゃんにそれぞれ列が形成されてる感じだ。まるで一昔前のアイドルの握手会みたいなものだ……それぞれの推しに並ぶみたいな。おばちゃんだけど……。

 意を決して食券を購入して人の回転が良さそうなところに並ぶ。本当はどのおばちゃんが何系の料理を作るのが早いとか、丼に指が入ってるとか、大盛サービスしてくれるとかいう攻略情報があるのだが、俺は残念ながらそういうのは知らない。ので、人が少ない列に並ぶことにした。

 俺の前には5人並んでいる。腕組みして待っていると前の方では「遅い!」やら「大盛にして!」「うるさい!黙っとれ!」などの暴言の応酬が繰り広げられている……だいたい声を上げているのは運動部系の奴らだ。見た目で大体わかる。怖いな~、あんな風にはなりたくないなぁ~とか思っているとスムーズに自分の順番が回ってきて、肉うどんの食券を渡す。推し……じゃなくておばさんは食券を受け取ると「は~い」と陽気な調子で言って手際よく予め鍋で茹でられていたうどん麺を丼にぶち込み、つゆを乱暴に注いだ、そこにこれまた用意されていたグツグツと煮立った鍋から肉を適当に測りもせずトングで掴み上げ叩き込む。おばさんの口調とは裏腹に所作はとってもワイルドだった。でもこれが美味いんだわな……博多のうどんは茹でまくって柔らかいことが多く、別にずっと茹でられていて伸びきったりしていても文句なんかはない。ついでに肉の方も他の料理に使うので大量に用意され、常に暖かい状態だ。

 お礼を言ってトレーを持って空いている席を探す。かなりの人数が男女問わず来ていて簡単には見つからない……。

 「おっ」

 一番遠くだが、柱の陰でちょっと暗くなっているところが空いている!幸い前にも横にも誰も座っていないボッチには最高のポジション!うどんをこぼさないようにすり足かつ早歩きでそこを目指した。

 やっとの思いで俺がトレーを置くと、少し遅れて俺の前方でトレーを置く音が聞こえた。うわー、せっかく安息の地を見つけたっていうのに……察してくれよ、わざわざ何で俺が座るところの前に座る~。

 「あ」

 俺がなるべく前を見ないように座ると、前の人物が小さく言った。声から女子だとわかった。何やら俺を知っている風の「あ」だったので顔を上げると、頑張って眉にかからないようにカールしている前髪の朝倉知華が座っていた。

 俺と目が合うと嫌そうに周囲を見る。そのたびにカール前髪とゆるいポニーテールが揺れた。隣の席に移動しようかと思ったみたいだが、隣のさらに隣には1年の男子のグループがおり、女子である知華がわざわざ移動すると変な感じになるのか、移動するのを迷っているようだ。わかるよ、他に席があるのに女子がわざわざ隣に移動してきたら意識しちゃうもんね!男子は……。女子はその気がないんだけど男子はそういう細かいところに気が付いてしまうの!まぁ勘違いなんだけど。

 「いいぞ、別に、俺食べたらすぐどっか行くから」

 知らない後輩が知華に勘違いしてしまわないようにしないとね!先輩のやさしさ発揮!

 「……」

 知華は嫌そうにコクリと一度頭を下げた。そのあと手を合わせて小さくいただきますをして黙って焼き鯖定食を食べ始めた。渋いな。

 俺も別に話す事もないのでうどんを食べながらスマホをいじる。

 知華も黙って食べている。そういえば独りで飯食うのかこいつ……リリとかを見ているから女子はいつもグループで食うものかと思っていた。まぁ人それぞれなので事情があるんだろうけど。

 黙々と食べていると隣の隣にいた男子グループはいつの間にか居なくなっており、学食全体もさっきまでの喧騒が半減していた。俺も麺を食べ終わり、スープを残さずレンゲですくって飲んでいると視線を感じた。

 知華だ。顔を上げると知華はすぐに目線を皿に戻した。しかし、俺がスープに戻るとまた視線が……。顔を上げるとまたまた知華はさらに目線を戻す。それを何回か繰り返すと俺はスープを飲み干したタイミングでたまらず話しかけた。

 「……なんだよ」

 「……」

 知華は俺が言うと黙って目を合わせてきた。しかし待てども待てども何も言わない。女子に見つめられるの慣れてないんですけど……いや、これ俺が見つめてるのか?こんなとこクラスの奴らに見られたら変な噂になっちゃう!

 「はぁ……」

 何も言う気がないっぽいので俺は席を立とうとする。すると。

 「あの!」

 知華はいきなり喋った。少し大声になったせいで周囲を見渡したが、誰もそんな声を気にするような奴はいなかった。何か言いたそうなので俺も座りなおす。

 「なに?」

 「先輩も出るんですか……?バトルリング」

 「そりゃ、出るけど」

 「お願いがあります……きりくんに負けてください!」

 

 

 

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