無限の舞踏会

第85話

 青王杯決勝終了後、インフィニティ内でのメディア取材や簡単なイベント出演のおかげで時間があっという間に過ぎた。

 ほんとにあっという間だ。ゴールデンウィークも映画を独りで二本くらい観に行った他は、超大型モンスター撃退イベントに張り付いていたせいで何も記憶がないまま明日平日を迎えようとしている。まぁうちの家族はゴールデンウィークで人が多くなる地獄の時期に何故、わざわざ人に揉まれに行かなければならないのかというスタンスだ。おかげで福岡に住んでいるが一度もどんたくに行ったことがない。それは桜さんも同じで「桜はどんたくは行かないのか?」と投げかけたら「行ってる間にイベクエどのくらい回れると思う?」と問いを返されてしまった。

 全くその通りですね!

 とりあえず参加している超大型モンスター撃退イベントについて説明でもしよう。今俺が居るのは第二圏……辺り一面が岩で覆われた渓谷ばかりがあるエリアだ。そして、撃退すべき超大型モンスター【ランドラドゴン】は翼はあるものの地を這う巨大なドラゴン。このイベントはこいつがドラグルズを目指して進行しているのを阻止するのが目的である。とにかくこいつのデカさは異常で、接近するとただの岩壁を見上げているだけのように見えてしまう。体力も攻略手順も多いのだが、注目すべきなのは1体を倒すクエストの参加人数。

 最低5千人……最低でだ。

 5千人がクエストを受注すると開始される。イベントが発表された当初、インフィニティをプレイする誰もが実現可能かを疑った。スマホやタブレットアプリのレイドバトルならいざ知らず、超高画質でVRオープンワールドゲームでリアルタイムバトル……いくら通信技術が良くなったといっても限界があると思われていた。まぁ俺の家はそもそも速度制限なんだけど!

 しかし、イベントは開始直後だけメンテが入ったもののそれ以降は何も問題もなくプレイされており、今に至っては1クエスト最大2万人が参加してランドラドゴンをボコっている。

 ゴールデンウィーク中という事でSNSも大盛り上がり、時間が経つごとに新たな攻略法が提案されて、試され、ランドラドゴンの撃退速度は速くなっていく。あとはお察しの通りでこんな奴がいた、あんな奴がいたと炎上やらなんやらでお祭り状態。第二圏は参加人数も相まってさながら戦場……。魔法弾や実弾、ちょっとしたミサイルが飛んでいる。1アカウントにつき1日3回しか参加できないし、1回の撃退が最速でも3時間くらいかかるので効率厨やら指示厨のせいで少しピリピリしていたりする。オラこんなとこ嫌だ~。

 まぁそんな感じのイベントもやっと終わった。今ちょうどNPCのトドメ用の巨大な魔法弾がランドラドゴンの顔面に撃ち込まれて、その巨体がゆっくりと反転し撤退していくところだ。

 リザルトが表示される。難易度に見合った報酬がたっぷり。

 「あ~、終わった……」

 俺はまるで労働から解放されたサラリーマンのようにそこらへんに転がってる岩に座った。ビールがあったらごくごくと飲んでいたレベルで疲れた。飲んだことないけど、まだ飲めないけど。

 「お疲れ~……もう無理」

 そう言って俺の隣に空気が抜けた様に座るのはケモ耳のカレン、心なしかケモ耳もしんなりしている、やっぱ感情がフィードバックされる機能でもあるのかな……。

 カレンはゴールデンウィーク中、旅行に行ったりしていたからせいぜい4日くらいしかやってない……俺は2日くらい用事があったけどそれ以外はほぼ全日参加!それくらいで無理とか言わないでください!!とかなんとかちょっと心が繊細になっていると色黒長身の小麦粉さんが笑えてない笑顔で「お疲れ様っす……」と小さく言った。小麦粉さんは完全に全日参加……連休全てをイベントに捧げた。明日から平日だけどこの人大丈夫か?

 「大丈夫っすか……」

 「……うや、ちょっと、もう寝ますね……終わったと思ったら睡魔が……」

 小麦粉さんの目が上手くリンクできていないのか遠くを見ている。

 「そうした方がいいっすよ……」

 俺がそう言うと小麦粉さんはフッと笑って何も言うことなくログアウトしていった。小麦粉ぉぉ!大丈夫か……マジで……フレンドがゲームで過労死とか嫌だぞ……。ゲームは仕事だからね、あり得る。近い将来ゲーム労働基準監督署とか出てくると思う。

 しかしながらピンピンしているやべぇ奴がこの世にはいる。遠くから見てもわかる巨大な鉄の塊に細い棒が付いた物騒な物を軽そうに肩にかけてこっちに歩いてくる銀髪の女……今季青王杯優勝者ヤマトだ。

 なんだろ、ちょうど夕日を背に歩いてくるせいでシルエットが際立って無骨なロボットが俺を殴り殺しに歩いて来ているように見える。

 この王様、最前線であの岩壁のような巨体を物理で殴っていたのだ。俺も雷天黒斧のダメージ量的には最前線送りだったのだが諸事情でそれには参加はしていない。

 そのロボット……あ、いや、ヤマトが俺とカレンのとこまでやってくると「お疲れ様」と涼しげに言った。この人小麦粉さんと同様に全日フル参加じゃなかったっけ?

 「おう……お疲れ」

 「ヤマトさんお疲れ様~……」

 カレンはしなしなになった耳を何とか動かしながら言った。

 一方のヤマトは腰に手を当てて、なんてことない普通の顔で俺たちを見下ろしている。

 「すげえな、疲れてないのか」

 「ん?」

 え?私?みたいな顔でヤマトは言う。当たり前だろ、あなたしかいないんだから!!俺はそういう意味を込めて少し睨みながら頷く。

 「別に……普通」

 ヤマトは「わかんな~い」って感じで首を傾げる。それに合わせて長い銀髪がさらりと揺れた。それを見ると綺麗だったり可愛かったりでなんかどうでも良くなって、笑いが混じった溜息で返事をしてしまった。

 「はぁ……そうですか……」

 「……なんよ」

 ヤマトは不満なのか少し口を尖らせる。

 「いや別に?……ていうか、しばらくはこのイベントやりたくねーなぁ……。大型連休になったら必ず来そうな感じがするけど、1日3回って言っても1回が長すぎるッ!」

 言うとカレンも何も言わずにうんうんと頷く。大丈夫か?疲れてるならもうログアウトしてもいいのよ?

 「お金も素材も美味しいからいいんじゃない?」

 ヤマトは飄々と言う。これだから独り暮らし金持ちニートは……。庶民の生活……というか高校生の生活をわかってらっしゃらない……。平日を迎える絶望感、終わらない課題……やることが多すぎる!!課題終わらせてないのは俺が悪いんだが。

 そんなやりとりをしているとカレンが顔を上げた。

 「あ、そういえばヤマトさん明後日のインフィニティの公式配信に出るんですっけ」

 え、マジか。知らんかった。

 「そうよ。めんどくさいけど」

 ですよねー。この王様、公式配信とか出していいの?めっちゃ辛辣な事言うよ?変なこと言って誰か泣かせて炎上とかしない?なんなら俺がいつも泣かされてるけど!

 俺がそんなことを思っているのがバレたのか、ヤマトは眉間にしわを寄せて俺を睨んでいた。紅い目がコワイ!!!こんな顔するのに配信出れんのかよ!

 「一応私も他所向よそむききの顔はあるし」

 他所向きって言っちゃったよ……この王様。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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