第84話
試合が終わるとヤマトの表彰が始まった。俺はというと先に控室に戻されて賞金の受け取り手続きとか今後のその他諸々を説明された。
そのまま表彰の様子と閉会式を観てもいいと言われたけど、ヤマトが名前を呼ばれて、いい笑顔で表彰台に立ったのを見たらそれで満足した。負けて悔しい気持ちはあったけど、それだけだ。あの時こうしていればという後悔はなくて本当にスッキリしていた。あの最後の一撃はどうあがいても避けられなかった。反省するとしたらあの土壇場でヤマトのあの動きを想像できなかった事だろう。
次は倒す。それでいい。
闘技場を出ると、まだ式典も終わっていないので人も
「カケルー!」
声がする方を見ると、カレンが手を振っていた。隣には小麦粉さん。
「おう」
そう言って小さく手を振ると、カレンは大きく手を広げて走ってきた。
「お疲れ様ぁ~!!」
カレンはそのまま抱き着いてきた。おま……!感覚あるんやでこっちは!柔らか……!これでリアルくらいのお胸をお持ちだったなら……。嬉しくも残念に思いつつカレンを引き剥がす。
「ちょっと……!こんなとこでやめい!」
「あ、ごめん。つい感極まっちゃって……。……おめでとう」
引き剥がしたカレンはケモ耳をピンと立てて目を泳がせながらモニョモニョ言った。そんな恥ずかしがるなら最初からやらないでいただきたい。こっちも恥ずかしくなる。
「お、おう……ありがとう」
「お疲れ様っすー!」
キター!!!小麦粉さんのお疲れ様っす!!!
「応援ありがとっす!」
「いえいえ!」
小麦粉さんなんでそんなニヤニヤしてんの。そして、さらに続ける。
「最後のは惜しかったっすねー。勝ったと思ったんすけどねぇ」
「あはは……全く最後のは想像できなかったですわ。ていうか、二人とも表彰とか見なくてよかったのか?まだやってるっぽいけど」
実際、闘技場の方はまだワイワイガヤガヤと賑わっている、そのせいかまだほとんど人が出てくる気配はない。
するとカレンは耳をひょこひょこさせた。
「いいんだよ、あたしたちはカケルが一番なんだし」
歯を見せて笑う。ケモ耳という事もあってか尖った犬歯が動物的な可愛さを引き立てていた。小麦粉さんもニコ……ニヤニヤしながら頷いている。
「ありがとな」
「次は勝たないとね!」
「次参加するの決まってんのかよ」
「決まってるよ!」
カレンはふんすと鼻息荒くする。
「そうだな。次は勝つ」
「うん!」
すると闘技場からチラホラと人が出てきだした。入口の方もマスコミアバターが出待ちをし始める。俺の方にはまだ気が付いていないようだ。
「終わったみたいだねぇ~……」
「また囲まれてもあれだし今日はログアウトするわ」
「そだね。じゃあまた明日ね!打ち上げはまた今度しようね!」
「おう、じゃあまた」
「ばいばい!」
「お疲れっした―!」
ちょっと言い方ちげぇ!!
別バージョンにワクワクしながら俺はログアウトする。
目の前が暗転して、VRゴーグルを外す。
「ふぅ」
今日は防音段ボールで囲まれていなかった。前方にはまだゲーム中の桜。こっちに足を向けてるがギリギリ中が見えない!くそう!!!どうせショートパンツかなんか穿いてるんだと自分を説得してコントローラーなんかを外すことにする。
汗がすごい事になっているのでシャワー借りて、部屋の外の冷蔵庫から冷たいお茶を取り出す。それをごくごくと飲んでいると桜がVRゴーグルを外した。
前に俺がいないのを認めるとすぐにこっちを向いた。そして、スカートをキュッと押さえる。
「見てねぇよ」
「そう」
試合後の最初のやり取りでこれってどうなんだよ……。まぁ何が正解のやり取りかはわかんないけどよ。
「ていうか、最後のあれなんだよ」
「あれ?」
桜はゴーグルで乱れた髪を手で整えつつ聞き返す。
「トドメ!」
「あー、あなた避けそうだったから手を放してみた」
なんだその昔の「〇〇やってみた」動画みたいなノリ……。
「勘?」
「うん。あなたの武器呼出し攻撃?『そういうの出来るんだ』って思ってたから試してみた」
「簡単に言うなよ……」
俺は頭ボリボリ掻いてしまう。
「でもあなたのあの攻撃見なかったら避けられなかったかもね、それか避けても詰んでたかも」
「それフォローになってねぇよ。結局あのタイミングで呼出し攻撃当てなかったら先に負けてただろうし」
「そう?そう言うならそうかもね?」
「納得はええな」
桜はふふんと笑って立ち上がる。
「とにかくおめでとう。桜」
「……」
俺が言うと固まって口を閉めてむぐぐと震わせている。なんだどうした?
桜は深く深く深呼吸する。
「……ありがとう。あなたも頑張ったんやない?」
「うおー、超上からだな」
「当たり前やろ?勝ったんだし」
「まぁそうだな。……あ、準備しろよ」
「え?何の?」
「外に出る準備」
「え、やだ」
「やだじゃねーよ……連れて行きたいとこあんだよ」
まったくこの引きこもり大富豪め……。
「……どこ」
「黙ってついて来いって」
「えぇ……」
そう言う桜にシャワーを浴びさせ、無理矢理玄関の外まで連れ出した。どんだけ嫌なんだよこの子は……。そして、俺は自転車の鍵をポケットから出す。
「ねぇ、もしかして自転車に乗せようとしてる?」
すごく低い声。桜はなぜかお尻を押さえた。
「あ、うん。そうだけど」
「スカートだから無理なんだけど」
「あれ?下に何か穿いてるんじゃ……」
「穿いとらん!」
くそー!穿いてなかったのか!!!!騙しやがったな!
という事で結局タクシーで移動となった。
「何ここ……無邪気?ラーメン?」
「そう、俺の行きつけ」
「へー……私せっかく外出たなら焼肉とか行きたかったんやけど」
桜さんすごく微妙そうな表情。あれだ、チベットスナギツネみたいな顔してる。
「まぁ美味いから!入って!」
「……」
何とか黙って入ってくれる。店員さんは「いらっしゃい!」と威勢よく声をかけてくれた。晩飯時はとうに過ぎてしまった為、お客さんは二人しかいなかった。
食券でラーメンとごはんの食べ放題を二人分買い、カウンターの空いている席に座る。
店員さんは食券を受け取った。
「麺の硬さは?」
「硬め濃いめ少なめで、この子は初めてだから全部普通で」
俺が慣れた常連感を出しつつ答える。順番に麺硬め、醤油濃いめ、油少なめだ。
すると桜は俺の腕を突っついた。
「勝手に決めんでくれん?」
「お、おう。じゃあ好きにどうぞ」
さすが王様、勝手に決められるのは嫌なのね。
「硬め濃いめ多め」
それを聞くと店員さんは威勢良く返事をしてラーメンを作りにかかった。
「おい、ここの油多めはマジで多いぞ」
「いいの。私油好きだし」
初めて聞いたぞ……ていうか油好きってなんだよ。
しばらくすると白ご飯が来て、続いてラーメンがカウンターに置かれた。戦った後でお腹も空いていて、匂いが一層空腹を刺激する。
「いただきます」
「うわ……」
桜は少しうめき声を出した。完全に層になって分かれている油の量に驚いたらしい。
「だから言ったろ?」
「別に……。食べれるし。いただきます」
俺はいつものようにゴマとおろしニンニクを少し入れて食べ始める。桜も最初は麺を二本くらい摘まんでちびちび食べていたが、気が付くと俺と同じように麺をご飯に乗せて一緒にかき込むようになっていた。
「美味いだろ?」
「うん」
返事はそれだけ。気に入って頂けたようで。
すると大学生と思しきお客さんが入ってきて桜の隣に座ってきた。もう一個向こうに座るとおっさんの隣だし、女の子の隣の方がいいよな。しゃーない。
「久しぶり」
店員さんが馴れ馴れしく言う。だいぶ常連っぽい。
そのお客さんも「久しぶり、三日ぶりくらい?」と返して食券を渡す。店員さんはそのまま硬さなんか聞かないでラーメンを作り始めた。
三日ぶり!?久しぶり!?この濃ゆいラーメンをほぼ毎日食ってんのか!?俺の頭が混乱している!訳がわかんねぇ!!
桜を見るとしかめっ面で箸が止まっていた。考えるな!考えるだけ無駄だぞ!
とりあえず黙々とラーメンを食べた。
俺もだいぶお腹いっぱいで、桜もご飯二杯と麺を全部食べて限界が来たようだ。結構食べたな。
じゃあそろそろ出るかな?と桜の様子を窺っていると、ヤバい常連さんが店員に話し始めた。
「腹減ってたけど、青王杯の決勝観てたから来るの遅くなっちゃって」
「あー、どうでした?仕事中だったから観れてないんですよ。どっちが勝ちました?」
「ヤマトが勝ちましたよ、いやほんとやばかった」
「あー、やっぱ瞬殺でした?」
「いや、これがカケルが粘って最後勝ちそうだったんすよ!
「へぇー。ってことは頑張れば俺ももしかしたら大会のいいとこまでいけるかもねぇ……あとで観てみよう。はい、お待ちどうさまです!」
店員さんがラーメンを置く。すると常連さんは目を輝かせながら割り箸を割った。
「そろそろ出るか」
俺がそう言うと桜は黙って頷いた。
店を出ると夜風がラーメンで火照った身体に気持ちよかった。
「何?あの隣に座った人……毎日この味が濃ゆいラーメン食べてるの?死ぬっちゃないと?」
桜は口をあんぐりとさせて店内の彼の姿を見る。美味そうに食ってんなぁ……。
「俺もびっくりしたわ……すげぇ……俺ですら週一でも多いかなって思うのに」
「こんなの月一でいいわよ」
「不味かったか?」
「いや、美味しかった……ちょっと重かったけど」
「油少なめにすればよかったんだよ」
「そう……じゃあ次はそうする」
「それがいい」
タクシーが呼びやすいところまで歩く。
隣の桜は周囲をきょろきょろ見ていた。あー、引きこもってるから何でも珍しいのね……。ちょっとお
上を見ると星が綺麗に見えていた。今日こんな気持ちで星を見ることが出来るとは思わなかったな……。初戦で桜と戦わなかったら、次の日に桜が家に乗り込んで来なかったし、敗者復活戦に出ても絶対負けていた。桜がいなかったら早いうちにインフィニティもやる気が無くなってやめていたかも知れない。この一週間、本当に楽しかった。
「桜、ありがとな」
「へ!?」
桜は変な声を出して固まった。また口をむぐぐとさせている。そして顔を真っ赤にさせて口を開いた。
「急に……何なの……」
「あんたがいなかったら、こんなに楽しくなかったかも」
「……そう」
「だからありがとう」
「……これで終わりみたいに言ってるけど、賞金は出たっちゃけん。家の環境整えるとよ?」
「わかってますわかってます!」
「ならいいけど」
「次は勝つ」
「頑張って?赤王杯も優勝したら無限王杯のシード権ゲットしちゃうからチャンス無くなるかもしれんよ?」
桜は意地悪そうに笑う。
「あ、そうだ」
「ん?」
「勝ったらお願いごと聞いてもらうとか言ってなかったっけ?」
「それ自分で言う?」
「あとで思い出されて無理難題言われても困るし」
「ふーん?」
桜は俺を少し横目で見つめた。夜でもその黒髪は綺麗に揺らいでいて反射した光は天の川のように見えた。
「なに……」
なんかすごいお願いごととか!?
「もう叶ったよ」
「へ?」
「もう叶ったけんいいっちゃん」
桜はそう言ってスキップして俺を追い抜いて行った。
「おい、叶ったってなんだよ!おーい!桜さん?」
俺は追いかけていく。
俺の目まぐるしいくらいに濃くて速くて必死に駆け抜けた一週間はこれで終わった。
次こそはあんたに、ヤマトに勝つ。たかがゲームと言われるかもしれないが、俺はこれにこれからをかけていいと思えた。そして、俺の人生はここから変わっていくんだ。
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