第64話

 とりあえず人に聞かれてもいい話でもないのでカレンとギルド部屋に来た。カレンさんは若干興奮気味でいつもの席に座る。俺も向かいに座る。

 「なんでそんなことになったとよ」

 「なんでって……ちょっと喧嘩?言い争い?になって……」

 「原因は!?」

 カレンが食い気味に聞いてくる。声も大きいし、ほんと怒られてるみたいになってる。

 「原因は元から昨日ヤマトの機嫌が悪かったやろ、それでえっと、ちょっといろいろ言われすぎて『そこまで言われてまでやりたくない』って言って……まぁそんな感じ」

 「……」

 カレンは眉間にしわを寄せて頬を膨らませている。どういう表情なんだ、耳も少し垂れてる気がする。

 「……」

 「はぁ~~~~!!!難しいね!」

 カレンは表情を変えずに言った。何が?難しいのはわからんでもないが、てっきりカレンは怒ってくるのかと思った。

 「お、おう……まぁ言い過ぎたところはあると思うけど、なんかこれで謝ってニューワールドでやらせてもらうのもなんか変な話だし……」

 「たしかに……。ていうかそんなに返すの早いって直接持って行ったん?」

 「え?あ……いや、た、宅配」

 「ふーん」

 確かにそうだよな、昨日の夜喧嘩して今日の午前中に返すって行動が早い気がする。怪しまれたかな?

 「まぁ、ヤマトさんに謝るかは翔ちゃんに任せるよ……」

 「怒らないんだな」

 「え?」

 カレンの耳がぴょこりと立った。

 「いや、謝ってこいとか怒ってくるかと思った」

 「うーん……。ヤマトさんの事もわからなくはないけど……これはあたしが怒るのもおかしいかなと思って」

 何がおかしいんだろうか……。スタバに行って作戦会議したせいでヤマトの家に遅れた事なんて知らないし、関係ないだろうし……。

 「とりあえず、今日控室で会うだろうから話せたら話してみる」

 「そか、わかった」

 カレンはいつもの笑顔に戻った。やはりカレンは笑った方がいい。

 「で?翔ちゃん。それはそうと今日の試合はどうすると?ニューワールドなかったら動きにくいっちゃないと?」

 誰もいないので翔ちゃん呼びは許してやろう。

 「動きにくいどころか雷天黒斧出ません……」

 「うわぁ……」

 耳がスコティッシュフォールドみたいに垂れ下がって矮小なものを見る顔になった。やめて!ドMじゃないの!そんなに見ないで!でもその耳可愛いかも!スコカレン!

 「だから、さっきモーニングスターの練習をして立ち回りをいろいろ考えてた」

 「前みたいな動かないで戦うやつよね?」

 「うん……あんまり俺が動くと、相手の動きが飛んだりするから」

 しばしの沈黙。

 「まぁ、翔ちゃんなら大丈夫だよ」

 カレンはミコっとじゃなく、ニコッと笑った。こいつは俺に青王杯に出てみろと言った時もこんな笑い方をしていた。不思議と無理だとは感じることがなかった。「こいつが言うならいけるんじゃないだろうか」と思ってしまう。

 「簡単に言うなよ」

 「簡単にいけそうだから言ってるんだよ、翔ちゃん強いもん。ヤマトさんに負けたのは……たまたま!たまたまだよ」

 「たまたまって……でも今日はなぁ……」

 「次は行けるから!だから今日の試合勝ってヤマトさんと決勝で戦わないと!弱気になっちゃダメだよ!」

 カレンは鼻息をふんすとさせて言う。ほんとどこからその自信は出てくるのか……。

 弱気か。たしかに弱気になっているかもしれない……。いや、弱気というよりこの場合勝つ気が無くなっているという感じだろうか。昨日桜と言い合いをしていて少しわかった気がした。俺はどうして青王杯を勝ち抜きたいのか。

 ヤマトともう一度戦いたい。

 あの時はクニツクリの本気を出されて対応できずに負けてしまったけど、次は勝ちたい。頭の中では俺は何度もヤマトと戦った。こうすれば勝てるんじゃないか、どうやったら勝てるか。想像するだけでワクワクしていた。だから次は勝つ。それだけの為にきりぼし大根やソラノにも勝ってきた。でもあれから勝つ気が全然ない……。テラに勝つ自信すらない。

 ニューワールドないから?ヤマトの家にいないから?

 「頑張るよ」

 俺はぽしょりと言った。とても「勝つよ」とは言える気分じゃない。

 「翔ちゃん」

 「ん?」

 「ヤマトさんと喧嘩したかもしれないけどさ……ヤマトさんも待ってるよ。決勝で」

 「そうかな」

 半笑いで返すとカレンは真剣な顔をしていた。それには少し息を呑んだ。そして少し間を置く。

 「だって、ヤマトさん翔ちゃんと戦ってる時の顔、本当に楽しそうだったよ。ヤマトさん他の人とはあんな顔しない。だから待ってると思う」

 カレンは優しく笑った。

 「……そう、なのか……」

 「そだよ。それに翔ちゃんも」

 「俺?」

 「うん。第四圏行ったときすごく楽しそうに笑ってた」

 「……」

 何も返せなかった。そして本当に分かった気がした。

 だから俺はこんなにも今、勝つ気がないんだ。ニューワールドとかヤマトの家とかそんなんじゃない。

 俺はあいつとこんな想いで戦いたくない。真剣に楽しんで、笑って戦いたい。

 「はぁ……」

 「もぉ~ため息はダメだよ!」

 「いや、違う。今のは俺にだ」

 「?」

 カレンは首を傾げる。かわいいなぁほんと。そして自分に笑えて来た。

 「そっかそっか……」

 笑っているとカレンが反対に首を傾げる。よく動画で変な音に反応する子犬みたいだ。

 「ありがとうカレン。今日勝つよ。それでヤマトにも話してみる」

 「うん!頑張って!あたしもいつもみたいに応援してるから!」

 

 

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