第21話

 帰ると、俺はシャツに簡単なジャケットとジーンズに着替えて家を出た。母には簡単に言い訳して夜遅くなる旨を伝えると「はいはい」と簡単に返事するだけで普通に許可してくれた。あれ?心配すると思ったんだけど……やはり俺に興味がないのか!?とりあえず今は家を出られないという最悪の状況は回避できた事を喜ぶことにする。

 少し車の通りがある場所まで来て、アプリでタクシーを呼ぶとすぐにやってきてくれた。アプリには目的地も設定しておいたので、場所を伝えずとも出発してくれた。

 桜の家に着くとまたあのチケットを渡して降りる。タクシーチケットほんとしゅごい。

 門の前に立つと少しジャケットと髪型を正す。女の子の家にお邪魔するんだもの!天パだから前髪気持ち悪くなってないかちょっと気になるじゃん?そして緊張しつつインターホンを押す。

 普通にピンポンと鳴って三十秒くらい経つと門のロックが開く音がした。もうちょっと出迎える言葉とかあるやろ……。

 門を開けて敷地に入ると、玄関のドアまで行く。ドアノブに手をかけて引くと鍵がかかっていた。

 「え?」

 何回か引いてみたが何も変わらず、ドアの向こうの様子を窺ってみるが音一つしない。ははーん。鍵をかけているの忘れてるなー?自動ロックだし仕方ないな!うんうん。

 俺はスマホを出してメッセージを送る。

 「鍵しまってまっせ」

 送るとすぐに既読が付いて返事が来た。

 「知ってる」

 うぉい!知ってる、じゃねぇ!開けろやああ!!!と心の中で叫んでいると、インフィニティの猫っぽいマスコットが「待ってて♡」と言っているスタンプが送られてきた。

 「……」

 怒る気も失せた。

 溜息を吐いて他所へ目をやると、殺風景な庭が視界に入った。ほんと芝生しかないな。近付いて見てみると長さが揃っていなくて、芝刈りしてから期間が経っていることを窺わせる。広いのにもったいないなぁ。

 庭に入るとリビングが見えた。中にはそれなりに高そうな家具とソファー、壁には最新式の薄っぺらい大型テレビが張り付けられていた。しかし、誰も居らず、さらに生活感さえ感じられなかった。そういえば一人暮らしとか言っていたな……。いったいどんな生活をしているんだろうか。

 すると後ろでドアが開錠される音がした。開けて出迎えんのかい!

 玄関のドアを開けるとそこには靴を簡単につっかけただけの桜が立っていた。また制服を着ていた。もう!ちょっとおしゃれしてきた俺が恥ずかしいじゃん!

 「早すぎ」

 笑いもせずそれだけ言う。よく見ると昨日より若干幼く感じた。なんでやろ? 

 「早すぎって、昨日打ち合わせで学校終わったらすぐ行くって言っただろ」

 そういう話だったはずだ。

 「あ、高校ってそんなに早く終わるの?知らんかった」

 「いや、知らんかったって……」

 こいつまさか実はこう見えて中学生!?いや、発育のいい小学生!?

 「私高校行ってないから……。とりあえず入って」

 桜はそう言うと靴を適当に脱いで玄関を上がってスリッパを履いた。今日はハイソックスじゃなくて生足だ。自然と目が行く。行くよね!?

 俺も靴を脱ぎ、揃えてからスリッパを履く。ついでに脱ぎ捨てられた桜の靴も揃えた。

 「びっくりしたー。嗅ぐのかと思った」

 「嗅ぐか!つーか、高校行ってないのか」

 「だってほら?行く必要ないやん?」

 その顔はいやにドヤっていた。憎たらしいが可愛い。

 「行く必要ないことはない気がするけど」

 「私がいくら持ってるのかだいたい想像つくでしょ?」

 無限王の賞金は二億、しかもこいつ青王と赤王のタイトルも持っていて、その優勝賞金は一つ三千万、加えて自分のチャンネルも持ってるし、たまにアバターでテレビにも出てるのを入れると去年だけでも……。

 「まぁだいたいは」

 「だからいいの、働く気なんて全くない。このまま二十代後半くらいまで賞金稼いで勝てなくなったら動画とか解説者とかで食って行くし……。贅沢しなかったら一生このままで生きていける」

 「あのなぁ、贅沢しないって言っても、それなりにお金が手に入ったら贅沢しちゃうもんなんだぞ?お金は人を変えるとか言うし」

 桜は廊下の奥のエレベーターの方へ行く。

 「知ってる。私の親がそうだもん」

 「親?」

 「そう、私が初めて賞金を獲った時、親は大喜びした。最初はゲームに全く関心がなかったくせに、それどころか勉強の邪魔になるからやめさせようとしてたし」

 「あー、あるあるだな」

 俺と桜はエレベーターに乗った。

 「ある程度お金が貯まったら急にこんな家を建てて「三階は桜専用の部屋よ、防音だし、集中して出来るから頑張って」とか言い出して、一階では人をたくさん呼んで毎週末パーティ開いたりしてた」

 だから、玄関があんなに広かったのか。エレベーターは三階に着き、その桜専用の部屋へと入った。脱衣所の扉が開いていて、なんかまた桜の裸を思い出した。おい!やめろ!自動再生ストップ!!!

 「それまではよかった。まだね。あ、コーヒーいる?」

 俺は頷くと桜はコーヒーバリスタにコップをセットしてボタンを押した。すぐにコーヒーのいい香りが俺の鼻を刺激した。

 「去年、青王を獲ったあたりから母親がブランド品とかを買うようになりだした。それ自体は別によかったんだけど、それを差し引いてもお金の減り方が異常だった。父親が問い詰めたら何だと思う?」

 桜は俺に淹れたてのコーヒーを渡してくれた。ご親切にミルクと砂糖も混ざってる。

 「ホストとか?」

 「そう、それ」

 「あー……」

 もうそれしか言えん

 「しかもその時には貢ぎまくっててうちの貯金は底が見えてた」

 どんだけ使ったんだよ……。

 「それで色々あって結局離婚、母親はお金を持ってそのホストと東京。私が稼いだのに…」

 桜が苦虫を嚙み潰したような顔で言った。うわぁ、ほんとご愁傷さまです。

 「あれ?お父さんは?」

 「父親はちょっと前までは一緒に住んでたけど、妹が受験だったのもあって集中させたいからってことで今は東区のマンションに住んでる。もともと堅実で真面目だったし、娘のお金で楽したくなかったみたい。これは母が言ってた」

 「なんていうか……ごめん」

 「え?あー、別に気にしてないし今は笑い話だから全然いいとよ。そのあとマジでイライラとムカつきだけで無限王獲ったから」

 桜は自分のコーヒーを啜って不敵に笑った。負の感情ってプラスになるんですね……。

 「まぁこんな感じだから高校も通ってないし、あなたが家に来ても誰も怒らない。わかった?」

 「まぁ、うん。てか妹いたんだな、受験ってことは……」

 「私が十七だから一個違いで今十六」

 「お前同い年だったんだな」

 「……何か問題でも?」

 「いや、別に」

 俺がそう言うと少し沈黙があった。桜の目が俺の手と自分の手を行ったり来たりしてるのがわかった。まつ毛長いなぁー。あ、わかった、なんで今日は幼く感じたのか。メイクしてないのか。

 そう思っていると桜が小さく咳払いした。

 「ていうか、お前じゃなくて桜ね」

 桜を見るといつの間にか俺を見ていた。ちょっと口を尖らせている。

 「お、おう、ごめん」

 俺はどもりながらそう言った。

 

 

 

  

 

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