仮想の街を補給車で巡回するのは楽だった。指示に従って運転すればいいだけだ。その後の作業も指示通りこなせばいい。栄養液補給に来たキノコ人間の点検と簡単な整備、配置、回収。

 指示は中央の頭脳群が行う。この仕事が自動化されていないのは日本の法律が公道での完全無人自動運転を許していないからに過ぎない。徹はサイズの合っていないきつい眼鏡を取り替えてもらってまた補給車を走らせた。

 結局、配置転換研修は全員が受けないといけない事になった。待遇はほとんど変わらない。むしろCMSになった方が少し良かった。

 しばらくは今の業務の間にこうした研修が挟まる。生体回路のお陰で誰がいつ抜けても仕事に差し障りは無い。また、今後の予定を確かめると、意図してかどうかは分からないが、日程や研修地は元の職場の同僚たちとは別になるように調整されていた。

 研修では実際にキノコ人間を分解した。四肢を外し、胸郭を開いた。色とりどりの部品があり、生体回路がケースの中で綿のように成長していた。

「各部品がどのように接続されているか確認して下さい」

 作業台に取り付けられた画面から研修担当が説明を始めた。

「神経系と感覚器官、それから循環器系をたどってみて下さい。駆動シリンダーには触らないように」

 内部を一通り見て再度組み立てたが、区別がない事を実感させるため、四肢は左右を入れ替えて繋ぐよう指示された。

 組み立て後、念の為研修担当が確認してから起動命令が送られた。

『私は『CMS-FWU-6847833742』です。起動完了』

「自己試験開始」

『自己試験開始します。完了。正常値の範囲内です』

「動作試験開始。標準」

 キノコ人間は十歩歩いて戻った。すべての関節部を試験するため奇妙な動きだった。

『動作試験完了。正常値の範囲内です』

 研修後、皆はそれぞれ別室に呼ばれた。予想はしていたが、徹も他部署への異動を勧められた。研修時の成績から巡回補給車運転か回収FWUの整備が候補だった。

「……大迫さんの場合は契約があるのですぐに決める必要はありませんが、いずれ異動しなくてはなりませんので、早いうちから新しいキャリアを積み始めた方がいいのではないでしょうか」

「微生物関係の知識を活かせる業務はありませんか」

 担当者は画面を見せて首を振った。そう言った関係で博士号を持たない者を求めている研究職や技術職は無かった。

「業務内容は大幅に変わりますが、待遇の面ではこれまでより悪くはなりません。勤務地についても今であれば考慮できます」

「今の寮に住み続けるのは可能ですか」

「可能です。勤務地も通勤圏内であります」

 条件交渉になってきたので担当者の声の調子が柔らかくなった。

「では、新宿近辺で候補をいくつか下さい。検討します」

「異動を了承と考えてよろしいですね」

「はい。よろしくお願いします」

 翌週、渋谷区の整備工場を選んだ。班の皆もそれぞれ自分の選択をした。異動はすでに用意されてあったかのように何の問題も無く完了した。

 新しい職場で新しい仕事が始まった。整備はほとんど一人で行う仕事で、朝礼や昼休憩以外は工員同士の交流はあまり無かった。東京中心に近県から回収されてきたFWUを整備する。受け取りから送り出しまで一人で完結させる流れになっていた。一日一体から二体、時には三体目が日をまたぐ程度の仕事量だった。

 仕事中は眼鏡をかけっぱなしにして、その指示通りに作業を行えばいいようになっていた。FWU整備用に調整された最新型で、眼鏡のみで補助機器がいらないので楽だった。

 作業台には朝一番に受け取ったキノコ人間が横たわっている。ひびの入った蹄の交換と、故障予測が出た栄養液ポンプの部品交換が必要だった。先に故障予測を読む。栄養液ポンプは次の定期交換まで持ちそうだったが念の為交換する。工場の頭脳も同意見だった。

 交換部品の注文をし、待っている間に全機能を止めて診断を走らせた。他には異常は無かった。

 黄と黒の縞模様に塗られた搬送機が注文した部品を運んできたので、徹は確認して受け取った。

 作業台を傾けて蹄を取り外す。見た目にわかるひびは無いが、拡大すると年輪状に層を成す菌糸繊維にひびが走っていた。このまま使っていればもろくなった蹄が砕けていたかもしれない。交換は片方五分で終わった。

 取り外した蹄をリサイクル工程に回そうとして、徹は手を止めた。眼鏡に注意が表示されている。部品番号が記録と違う。四ヶ月前に交換しているが、これではなかった。

 その時、工場見学の人々が作業場に入ってきた。そちらを見ると、先導している女性がCMS社員だと表示された。更に社員名簿で検索すると、『加藤直子』と言う名前に続いて所属が出てきた。そばの男性と会話をしながらあちこち指差している。

 目を問題の蹄に戻す。部品番号不一致のメモをつけてリサイクル工程行きを取り消し、調査工程に送るよう指示した。搬送機を呼び寄せている間に次の作業の準備をする。

 作業台の角度を調整してふと目を上げると、さっきの女性がこちらを見ていた。眼鏡に共有中の印が浮かぶ。作業情報が直接吸い出されていた。

 手元に来た搬送機にさっきの蹄を乗せて送り出すと、その女性は搬送機を目で追い、話をしていた男性と短く話をすると別れた。共有中が消えた。見学者たちは別の人が代わって案内を始め、いつの間にか作業場からいなくなっていた。

 栄養液ポンプの部品交換は中難易度の作業で、午前中いっぱいかかった。付着している栄養液を完全に拭ってからリサイクル工程に回した。

 午後からは次の個体の股関節の取替と調整を行った。部品の端がわずかにめくれ、歩くたびに擦れている。眼鏡に表示される指示通りに交換した後、歩行試験場に運んで歩かせながら微調整した。

 眼鏡に流れるデータから赤と黄色が無くなるように直していると、午前中に依頼していた蹄の調査結果が入ってきた。

 手を止めてそちらを読む。現場交換された際に記録漏れがあったとの事だった。徹は自分が行う作業は無いと確かめると署名した。

「あ、調査ありがとうございます」

「おう、もう上がり?」

 作業を終え、帰り支度をしていると調査担当が通りかかったので声をかけた。

「はい。それにしても記録漏れなんてあるんですね。現場、忙しかったんですかね」

「まあ、な。たまにはそういう事もあるだろうな。じゃ」

 奥の部屋に入っていった。そこに午前見かけた女性が居たようだったが、ドアがすぐ閉まったので確かめられなかった。

 外はまだ寒いがもう冷たくはなかった。月がぼやけている。冬の透きとおるような雰囲気はもうどこかへ行ってしまい、湿気を含んだ春の空気と入れ替わっていた。

 帰り道で都市整備用とPタイプが手を繋いでいるのを見かけた。最近見るようになったが、型に関わらず融通させるようだった。メディア発表ではCMSと警察の間にどんな合意があったか詳しい所はぼかされていたが、報道では栄養液や消耗品について両タイプの垣根を取り払うつもりだろうと推測されていた。

 集会場では共通化についての議論が盛んだった。報道やメディア発表、他の集会場からの引用を元に激しく言い争ったり、雑談をしたりしている。特に、キノコ人間の仕様や運用の変更がCMSの都合で行われているように見える点を疑問視する者が多かった。

『CMS一社に集中させるからさ』

 その発言者は、『国防と治安維持の自動化を考える』という集会場から引用して言った。

『でも、ヨーロッパを見ろよ。集中させないようにしてるせいで金の垂れ流しみたいになってる。無駄だらけだし』

 徹も口を挟んだ。

『もう遅い。その議論はとっくの昔に済ませてなけりゃならなかった。百万体以上が日本中に散らばってる。もう事実上の標準になったよ』

 そう言いながら報道記事を出した。ある地方都市が市庁舎の改築に伴い、FWUの補給所を併設するという内容だった。

『金はCMSが出すけど、土地は提供するしな』

『それ、うちもそんな感じ。街路樹の管理計画はキノコ人間の存在を前提に作られてる』

 集会場の皆がそれぞれに例を出し、キノコ人間が都市整備と警察業務に浸透してしまった様子を再確認した。

『もっと気になるのはタイプによる区分が曖昧になってきてる事だよ』

 誰かが言い、皆が同意した。Pタイプ用だったハンドシグナルが都市整備用に対しても用いられている映像が上げられた。

『これは人混みの誘導で都市整備用を徴発したんだからおかしくはないけどね。最近、栄養液とか融通しあってるだろ』

『だな。つまりPタイプと実質的Pタイプの二種類になるな。都市整備用ってのはなくなる』

『ほんとかよ。監視社会がやってくるぞ』

 徹がおどけて言うと皆笑った。それが静かになってから、防衛省が発表した強化歩兵のプロトタイプ映像を映した。

『今日の発表はこんな感じだった。まだごちゃごちゃしてるけど、模型じゃない。実際に動く生体回路積んでるよ』

 砂漠迷彩の兵士が薄い箱型の機器を背負っている。そこから手足と頭に部品が伸びていた。説明では、外装として四肢と急所を覆って補助し、装備重量を五から六分の一程度に感じさせる。また、周囲の状況から行動の提案を行い、射撃などの戦闘行為も補助する。兵士は状況が許す限り常に接続状態にあり、例えば、限定的ながら生体回路と後方の医官の指示のもとで医療行為が行えるようになった。

『キノコ人間を背負ってるようなものか』

『そんな感じ。判断しないキノコ人間』

 他のアカウントに入ってきたメッセージを処理しながら、徹は話の流れを追っている。

『でも、国防軍用は生体回路使ってるってだけでFWUとは別物だから自己組織化はしないだろ』

『問題はさらに増える都市整備用と、もうすぐ全国展開するPタイプか』

『問題って、何が問題?』

『だよな。一社集中には悪い点もあるけど日本じゃ利益上がってる。ヨーロッパじゃせっかくロボット使ってるのに大した効果が上がってない』

『むしろ、中途半端な集中よりいいかもな。ここまで公共の業務を請け負ったら極端な値上げとか不当な要求はかえって出来ないよ。こんなのもあるし』

 そいつは最近話題になった生体回路の模倣製品の記事を映した。情報源は怪しいが、あり得そうな物だった。それを見ながら徹が発言すると流れが変わった。

『問題ってそういうんじゃなくて、百万を超える人工知能搭載の機器が自己組織化して創発してる現状じゃないかな。管理者は管理できてるのか、それとも発生した事態を後追いで収拾してるだけなのか』

『誰も答えられないんじゃないか、その質問には』

 議論と共に報道が流れている。キノコ人間の進出する範囲や任される業務は広がる一方だった。人口減少により、一部の自治体は新しい条例を制定し、所有者不明の空き家や山林でもキノコ人間の姿が見られるようになった。同様に無住寺の整備を行わせる所も出てきた。信者や各宗教団体の強い反対は無く、ほぼ黙認だった。

『キノコ人間の管理って、すでにキノコ人間自身がやってるんじゃないのかな』

『CMSとか警察は?』

『後ろから見てるだけで、まずい事が起きてから手を出すつもりかも』

『なんでそう思った?』

 徹が聞くと、そいつは少し間を置いて答えた。

『一番安くあがるから。理想状態なら管理の手間はほぼゼロになる。整備や部品交換だってやらせればいい。あいつらなら機械いじり位出来るだろ』

『繁殖だけか。キノコ人間がやらないのは』

『そこがアリとかハチと違うところだな。キノコ人間の数はCMSと運用者が決めてる』

『そこを握ってるなら不安がる事もないんじゃないか』

 同意の声が上がった。

『それと、あいつら笑わないよ』

『それは聞き飽きた。そっち方面の比較論を始めるつもりなら俺は抜けるよ』

 誰かの言葉に控えめな同意が起こった。

『笑うから何だってんだ? 笑えるとそんなに偉いのか?』

 別の誰かがふざけ、人に襲いかかっているロボットのモノクロ映像を映した。

 徹は何も言わずに集会場を抜けた。

 翌日、朝礼の時に全体通達があった。部品番号不一致発生時の取り扱いについてで、蹄や指先など低難易度交換作業で不一致が発生した場合、メモをつけてリサイクル工程に回すようにとの事だった。

「……手順変更の理由ですが、不具合発生時に低難易度作業だと現場で対処しているケースが多く見られています。その際に一部で記録の不備が発生しています。作業手順は昨日修正されましたが、これから当分そのような不一致があると思われます。特に重要な部品ではなく、重大案件でもないのでこのような扱いとします。よろしくお願いします」

 休憩時間に聞いてみると、他の整備工場でも同様の不一致が発生しているとの事だった。

「現場の人、ちょっといい加減ですね。研修で習いましたけど、眼鏡使ってないんですか」

「そう言うな。巡回補給は時間が厳しいからな。作業が出来ると焦るんだよ。眼鏡の補助に頼るよりその場でさっと交換した方が早いし。で、後から記録しようとして間違うんだろうな。工数多すぎるから、もうちょっと簡単にしてくれたらいいのに」

「そんな物ですか。忘れる位なら眼鏡使えばいいのに」

「手順変更はそこだろう。眼鏡着用厳守だ」

 作業に戻ると、手間のかかる案件が待っていた。視覚障害だった。頭部を外し、眼鏡に配線を繋いで調べる。三百六十度周囲が見えたが、焦点がぼけ、色もずれていた。眼鏡の補助に従って交換部品を注文し、届き次第交換する。それからの微調整に時間を取られ、終わった頃には終業時間ぎりぎりだった。

 その週、また部品番号不一致が発生した。今度も蹄で、指示通りメモを付けてリサイクル工程に送った。搬送機を見送ってから便所に行き、個室でその部品番号を自分の端末に記録した。

 帰宅してから秘匿性の高い集会場に入り、その部品番号を流して調査依頼をかけた。しばらく待ち、一番に探り当てた者にポイントで謝礼をして情報を受け取った。

 それはPタイプが使っていた蹄だった。

 徹は討論や雑談用集会場で、キノコ人間が独自に部品交換をしているのを見た者はいないか、と問いかけた。

 二日ほどして映像が上げられた。ハイキングに行った時に偶然撮ったと言う。林中で都市整備用が二体、栄養液を融通しあっているが、もう一体が足元にしゃがんでいる。そいつが木に手をついている一体と自分の蹄を交換していた。交換が終わると立ち上がって離れていき、栄養液の補給が終わった二体もどこかへ行った。

『何だ、これ。勝手に部品交換してるのか』

 ざわめく集会場の発言を流したままにし、もう一度再生しながら、その場所の防犯カメラの位置を調べたが、ハイキングコースから外れており、監視範囲外だった。

 それからしゃがんで交換している所で映像を止め、記録ユニットの仕様を呼び出して撮影範囲を調べた。すると、立っている二体が仮に記録ユニットを装備していたとしても足元にしゃがんでいるキノコ人間が何をしているかまでは映らないと分かった。

 集会場にその情報を公開するとさらに議論が巻き起こった。

『監視されないように部品交換? 意味が分からない』

『偶然だろ。隠す理由は無いし』

『CMSや管理者は知ってるのかな』

『今問い合わせた』

 CMSと自治体の反応は早かった。映像を認め、調査を約束した。

 翌朝、調査結果が発表された。

 まず、整備において低難易度と分類される作業について、FWUが独自に交換作業を行っていた事を認めた。

 次に、これは自己組織化したFWUに予想されていた行動であり、FWUは現在もCMSと各管理者の制御下にあると述べた。

 また、記録されないような状況下で交換作業を行っていた事は問題ではあるが、隠匿は意図されたのではなく、山林など不整地で行動するFWUは比較的破損の発生率が高い上、巡回補給車による点検整備が遅れる事が多いため、偶然そのようになったのではないかと推測するとの事だった。

 最後に、今後この行動に実害がないかさらに調査し、結果に基づいてどのように制御するか決定するとして発表は終わった。

 会社では特に何も変わらなかった。部品番号不一致の扱いは前の通達の通り、メモを付けてリサイクル、だった。原因が現場の間違いだけでなく、独自交換もあり得るとなっただけだった。どちらにせよ整備工場にとっては無関係だった。

 翌日遅くのメディア発表ではFWUによる交換の追認が発表された。あたかも以前から計画されていたかのように、経費節減効果の表が添付されていた。隅に小さく、Pタイプとも部品交換を行うと記載されていた。

 徹は手元のPタイプの蹄の情報を出し、コーヒーを飲みながらもう一度読んだ。飲み終わると同時に痕跡の残らないように廃棄した。

『多分、作業内容で判断してるんだろうな。軽い作業の個体が壊れそうな部品を引き受けてるんだと思う』

『追認はちょっとばかり気に入らないけど、経費が下がるならいいんじゃない』

 どこの集会場も落ち着いていた。キノコ人間に慣れきってしまい、少々の事を追求する気にもなれないようだった。発生した事象の追認だと言うのに抗議する団体もほとんど無かった。

 投資情報を扱う集会場ではFWUが効果を上げているという事例が紹介されていた。最近は、地方でも公共設備の整備が行き届くようになってきたため移住者が増加傾向にあるという話題が流行りだった。地価が上昇してきている。

『もうすぐ一億人切るけど、景気の失速はなさそう』

『人口減少は織込み済みだけど、キノコ人間が思った以上に効果的だったってのもあるね』

『うん、いい方向に裏切られた』

 キノコ人間のみでの部品交換が話題にも上らなくなった頃、二十万体が追加として陸揚げされ、各地に配備される様子が報道された。それには五万体の警察庁用Pタイプが含まれており、白と黒のロボットが全国でも活動を開始した。すでに東京での仕事が知られていたので、この『キノコのお巡りさん』は歓迎された。

 同時に各関係者が合意し、Pタイプについては、合理性があって警察官の監視下であれば私有地への立ち入りが認められるよう法改正された。

『それはつまり、例えば立てこもり犯の逮捕のための突入などを想定していますか』

 記者が質問した。

『ご質問については仮定であり、何も申し上げる事はありません』

 CMSの広報担当者が答えた。追加するように警察の担当者が答える。

『この法改正の意図は、Pタイプの巡回時に不審点を発見しても私有地立ち入りが制限されているため、十分な確認が行えないと言う現場警察官の声を汲み上げたものであります。ご質問にあるような事は現実に発生した事象の程度に鑑みてその場で判断しますので、ここでの回答はご容赦下さい』

 ボランティアで行った先の神社にもPタイプが現れるようになった。巡回時は大抵外を大回りして行くのだが、数回に一回は境内を突っ切っていく。

「とうとう入ってくるようになったね」

「今じゃ警官の仕事は交番で画面見てるだけだよ。もうお巡りさんって言えないよ」

「いつでも交番に居るのはいいんだけどね」

 老人たちは歩いて行くPタイプを見ながらそれぞれ思ったままを口にする。

「お兄さんはどう、ああいうの。若いと抵抗ないかな?」

「いやあ、でもないですよ。ちょっと怖い。全く抵抗なくなるのは子どもたちじゃないですか。小さい頃から見てると受け入れるの早いし」

「そっか、そういうもんだよね」

 今度は都市整備用が外を通り過ぎていった。休日の街に聞き慣れた蹄の音がした。

 工場では部品番号不一致は多くもならず、少なくもならなかった。常に一定の割合で生じている。とうとう不一致のメモは不要という通達が出た。低難易度交換部品が十分安く生産できる見込みが立ち、管理方針が変更され、細かい記録は行わないようになったためだった。

 『国防と治安維持の自動化を考える』という論評系の集会場では、ロボット一体当たりの費用は下がり続け、手間もかからなくなっていると言う論説が発表されていた。データさえ吸い出せれば、不具合の発生したロボットはまるごと取り替えてしまうという日が来ると予想されていた。そして、ロボットによる自動化で人口が減少しても総生産を上げるのは可能だと結論していた。

 徹は意見を書き込んだ。論説の結論が実現するとして、ロボットがCMS一社独占である点が懸念される。互換性のある製品が必要だろうと言う内容だった。

 返信があり、すでにそういう会社が数社動いていると教えてくれた。調べてみると、ある会社は人型にこだわらない小型ロボットを開発し、別の会社は特許に引っかからないように命令群を解釈して実行可能な回路の作成を目指していた。

『怪しい。どうせ互換製品を開発できたって言って、CMSに法外な価格で売るつもりだよ』

 調べた会社について別の集会場で聞くとあまり評判のいい経営者でなかったり、経営の基盤が弱すぎたりで期待できそうになかった。

『CMS対抗って難しいのかな』

『強いからね。まるごとパッケージで提供できるから。それに都市整備の市場に一番乗りできたのも大きい。今は早い者が全部さらっていく時代だし』

『でも、そのCMSも誰もキノコ人間の制御できてないよな。部品交換の件ではっきりしたけど、後追いしてただけみたい』

 誰かが呆れ顔のアニメーションを付けて言った。

『キノコ人間って、人間をどう思ってるのかな』

 徹の発言に皆考え込み、議論が始まった。

『そこらの物と変わらないだろ』

『いや、安全基本命令があるから、人間だけ特別視してるはず』

『そうか。人間にだけは危害を加えないようになってるか』

『いや、周囲にあって相互作用するオブジェクトのひとつに過ぎないよ。確かに人間に対する反応は違うけど、それはゴミと街路樹に対する反応が違うのと変わらないはず』

 あちらこちらで色々と話している。騒がしくなってきた。

『ごめん、質問が間違ってた。知りたかったのはキノコ人間の世界観だった。あいつら、世界をどう捉えてるのかな』

 大声で叫ぶアニメーションで発言した。

『知るかよ。てめえの胸切り開いて生体回路埋め込んだらどうだ』

 誰かが遠くから怒鳴り返してきた。徹は大笑いした。

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