「では、都市整備ロボットは本社の管轄になるのですか」

 加藤は部長のオフィスで説明を受けた後、抑えた声で言った。

「九月一日から。警視庁との交渉については私にも知らされていなかった」

 画面には新しい組織図が表示され、変更箇所が目立つよう色付けされていた。日本支社は大幅に改編される。研究所は本社に取り込まれ、現場管理機能のみが残されている。部長はそのまま現場管理部門に横異動する形になっていた。加藤のチームは解体され、それぞれ人工知能や他のシステム構築に異動させられていた。

「私は警視庁に行くのですね」

 本社の研究所から伸びる線が、外部組織を意味する点線で囲まれた警視庁に繋がり、その中に加藤がいた。

「職場は変わらないが、遠隔で接続する。機密保持が必要なので個室になる」

「大きな電話ボックスですか」

「そう言わんでくれ。私も急な話だったんだ」

 珍しく部長が声に感情をにじませた。

「済みません。そうすると、FWUは都市整備用と、警察の警備業務用に別れるという理解でよろしいですか」

「それでいい。加藤さんは警視庁で開発を行う。都市整備用については本社が別のチームを編成する」

「分かりました。ところで本社ですが、この研究チームは何ですか。FWU関連のようですが。M?」

「軍事」

「そっち方面にも進出するのですか」

「FWUをもっと早く利益化したいらしい」

「そうですか。あ、話をそらして済みません。では、この図だと、私の上は研究所ですか、それとも警視庁の方になるのですか」

 部長は図を拡大し、CMSと警視庁側それぞれで加藤につながる人名を拡大した。

「業務の報告は研究所に行ってほしい。開発の相談は警視庁側と」

 警視庁側の名前が点滅した。『佐々木一之』とあった。

「どうだ、一回顔合わすか。今のうちなら私が機会を作れる」

「お願いします」

 その週末、加藤は部長に連れられて霞が関の料亭に行った。個室の座敷で、こういった店の一般的な造りの秘匿構造になっていた。お互いに自己紹介を済ませる。佐々木は加藤と同年代で、警視庁でシステム開発をしていると言った。ロボットより頭一つ以上高い、引き締まった体格だった。

「FWUの開発ツールは使いやすくて助かります。加藤さんが作成されたとお伺いしました」

「ええ、でも、手を入れただけですし、今は頭脳群が基礎部分は作ってくれますから」

 そう答えながら佐々木の酒を受ける。部長は自分の異動について話し、加藤をよろしくと言った。

「こちらこそお願いします。仕事は遠隔ですが、今後もこういう席を設けましょう」

「もちろんです」

 今度は佐々木の盃を満たす。嬉しそうに受け、一息に飲み干した。

「お強いんですね」

「いや、慣らされました。警察にいるとこうなります」

 顔色ひとつ変えずににこにこしている。新しい皿が運ばれてきた。

「ここは変わったものが出ますね。冷肉ですか」

「そう、ちょっと洋風のも出てくるんですよ。わさびでどうぞ」

 大きく口を開けて肉を頬張る佐々木に部長が店の講釈をしている。

「お詳しいですね」

「年の功で、こういう場所ばかり物知りになりましたよ」

 二人は笑っている。加藤が両方に酌をし、佐々木から酌を受けて聞いた。

「いつ頃からFWUに関わっておられるのですか」

「今年に入ってからですね。上から言われて四月までプレトリアに行ってました」

「開発ツールはそこで?」

「はい、研修させて頂きました。ロボットや制御周りも実物をいじらせてもらいました」

「生体回路もですか」

「ええ、それは特別に研修をお願いしました。FWUには欠かせない技術とお伺いしましたから」

 赤みを帯び始めた顔で微笑んでいる。部長がその顔をちらりと見て肴をつまんだ。加藤はさらに聞いた。

「帰国されてからもずっとご研究ですか」

「ええ、都市整備ロボットとしてのFWUに注目していました。特に御苑と高田馬場の件ですね」

 部長が声を上げて笑った。

「あれは、お恥ずかしい。我々としては後手に回らないといけなくて。法律とか人権とかありますから」

 とりなすように言いながら酌をした。また新たな料理が運ばれてきた。

「それはもちろんです。民間企業が先手を打って攻撃できないのは理解できます」

「警察は違いますか」

「はい。加藤さん。我々は攻撃的防衛も可能です。理論上は」

「なんだか、軍みたいですね」

「CMSさんも軍事用途は考えておられるのでしょう。発表は見ましたよ。かなりの再編をされるようですね」

「そうなんですよ、こうして席を設けておいて何ですが、私も今後は現場なので。くれぐれも加藤をお願いします」

「いや、それは私の方こそお願いします。CMSさんの技術やすでに確立されたシステムなしには何も始まりません。警察の仕事なので無理を言うかも知れませんが、どうかお許し下さい」

 三人でお辞儀をしあい、また飲んで食べ、店を出た所でもお辞儀をしあった。

「それでは、失礼します。仕事の開始を楽しみにしています」

 佐々木は部長が呼んだ車に乗って帰っていった。自分たち用にも二台呼んだが、そちらは大通りまで出なければならなかった。歩きながら部長が言った。

「加藤さん、最後にひとつ忠告してもいいかな」

 風は生暖かった。小さく頷く。

「相手は警察、お上だから、あまり詮索しないほうがいいと思う。要求された仕様どおりに作って納めるだけにしなさい」

 頬は赤いが、目は沈んでいた。黙って歩いている内に大通りに出た。

「そうは言っても無理かな。加藤さんにはいたずら者の面があるから。それでも、保身は恥じゃない。たまには頭を低くしてやり過ごすのも悪くないよ。じゃ」

 手を振って車に乗った。加藤は見送り、その次の車に乗って帰った。新宿区に入ると、歩道の都市整備ロボットが光っているのが見えた。

 職場では引っ越しの準備とフロアの改造が始まった。チームの皆が私物を入れた箱を抱えてそれぞれ移動した。フロアは四つに区切られ、大小三つの会議室と加藤の部屋になった。

 加藤の部屋は秘匿構造、いわゆる電話ボックスになり、電磁気的盗聴も含めた防諜対策が施された壁や扉は厚く、窓はなかった。代わりに壁の一面が表示画面になっている。壁全体が画面では使いにくいだけなのだが、聞いてみると、急ぎの工事で規格品のパネルを使ったのでそうなったと言われた。

 机と椅子だけのがらんとした部屋で仕事を始めた。端末を起動し、まず回線の試験をする。通常も秘匿も正常にやり取りできた。壁の大画面を正面に見るように座り、壁紙を設定した。普段は自然の風景を映し、時刻に合わせて変化させるようにした。

 机上の画面に警視庁の開発予定を表示させる。追加ユニットについては、発煙弾とゴム弾は開発中止になり、ペイント弾とクッションジャケットが候補に上っていた。

 ペイント弾は幼児の拳ほどの割れやすい弾丸に染料を詰め、拳銃より一回り大きい発射筒で投射して逃亡者を染色し、追跡を容易にする装備だった。

 クッションジャケットについて詳細を表示させると、ロボットを壁として用いるための装備だった。柔らかくて軽い素材のジャケットを付けさせ、複数が横一列に並んで集団を押し返す行動が考えられていた。イメージ図では着膨れして雪だるまのようになったロボットが人々をロープ内に押し留めていた。

 つい笑ってしまったので、そのアニメーションをループさせて壁画面に映した。実物大表示だとなおおかしかった。

「そんなに笑わないで下さい。結構真面目なんですよ、ジャケットは」

 打ち合わせの時聞くと、佐々木が開発の経緯を説明してくれた。過去の経験から暴徒化した集団の行動抑制に騎馬警官が有効だと分かっていた。車輌を寄せると集団でひっくり返したり、タイヤを切り裂いたりする輩が、馬に迫られるとなぜか引いてしまう。それを念頭に、人型をしている上、小柄なFWUならさらに抑制効果があるのではないかと言う想定との事だった。

「なるほど、そうですか。でも、都市整備ロボットはよく嫌がらせをされてますよ。転ばされるのはしょっちゅうです」

「ええ、そこでクッションジャケットはぬいぐるみのような質感と、見た目が可愛くなるようにデザインされています。どうです。そこは認めるでしょう」

 また笑った。

「心理的効果は十分なようですね。それから、発煙弾とゴム弾の開発中止の理由は何でしょうか」

「受け取られ方ですね。その二つはロボットが投射して怪我をさせた場合、市民の感情的な不安を煽る可能性が高いと判断されました。網はそれほどでもなかったんですが」

 頷いて手元の画面に目をやり、開発予定を見てさらに質問した。

「今後の開発についてですが、FWUに自主判断をさせるのですね。警備業務を自律的に行わせるのですか」

「いいえ、そこまでは想定していません。業務は現場警官からの指示に従います。ただ、その指示が常に正しいとは限りません」

 一旦言葉を切って続ける。

「例えば、現場警官とFWUの視点が違い、警官が明らかに適切な指示を与えていない時です。その際、FWUは命令の実行をしてはいけない訳です」

 また言葉を切った。考えながら話している。

「かといって単純に拒否して動作停止するようでは緊急時の役に立ちません。命令の主旨を理解し、誤った指示に基づく動作は行わず、その目的のみを達成するための独自の行動が求められます。よろしいですか」

「分かります。そういうシステムを開発した経験はあります」

 佐々木は感心した表情になった。

「小売の仕入れシステムですけどね。店主の発注が明らかに間違っている場合や、不審点がある場合に指摘や修正する仕組みを作りました」

 画面の向こうで微笑んだ。

「そうです。そういうシステムです。それの警察版を開発したい。かと言って法がありますので、あくまで主導権は現場警官に持たせたままにしたいのです。自律まではさせません」

「判断の基礎になる情報はありますか。新人警官の研修マニュアルとか」

「ありますが、開発の役に立ちますか」

「立ちます。独自の行動をさせるという目標ですが、ロボットの命令を組むと言うより、新人を育てると考えたほうが上手く行きそうです。教育関係の部署にロボットを派遣したいですね」

「分かりました。手配しましょう。当初は仮想でいいですか」

「そこはおまかせします」

 それから今後の相談を少しして会議は終わった。

 画面を切り替え、本社の開発状況を調べた。FWUの生体回路につけた成長のキャップは事実上外されていた。その命令は残されてはいたが、機能していない。新しい研究チームは、予想外の成長を見せても制御は可能と判断していた。

 それに伴い、警察用も同様に、基盤が許す限り無制限の成長を行うようになった。現在の目標にとっては都合がいいが、制御が後手になりかねない。懸念点を列挙したメモを研究チームに送った。

「どう、そっちは」

 カフェで元部下に探りを入れた。人工知能開発に行き、CMS日本支社の頭脳群を調整していた。

「いや、あまり。どうも本社は熱心じゃなくて」

「ロボットの屋内業務も始まったのに?」

「ええ、でも、そもそも中央への集中を止めたいって感じですね」

「個体に処理を分散するつもり? それで成長キャップ外したのか」

「ですよね。あれは」

 声を落とす。

「噂ですけど、本社、本格的に兵器開発するみたいですよ。そのせいか加藤さんの警察用、かなり注目されてます」

「別に私のじゃないけどね。開発はあくまで警視庁」

「警察と軍って絡むもんですか?」

「普通は絡まない」

「その割に、クッションジャケットのメーカーは軍用のアーマーも作ってますよ」

「偶然でしょ。大体そういうの作れる所なんて限られるし」

「だといいですけど、今回の組織改編とか、本社はどうしたいのやら。我々日本支社のロボットが急に金の卵を産むようになったみたいだ」

「あまり、詮索しない方がいいかもよ」

 そう言うと、元部下は驚いたように加藤の顔を見た。

「そうですね。そうします」

 そして、トレイを持って席を立つ時に、ささやくような小さな声でつぶやいた。

「加藤さんがそんな事言うなんて」

 その週の内に警察用のロボットの訓練が始まった。仮想都市で訓練教官から移動や援護の仕方を教わっている。それを頭脳群を通してから佐々木と共同で編集し、警察の警備業務用に使える命令群に組み上げて行った。

「与えられた命令を実行させないのは難しい」

 佐々木がこぼした。それに答える。

「では、まずは与えられた行動指示から目的を抽出し、そのための行動を実行するようにしてはどうですか」

「その時、命令と異なった行動を実行する際は抑制が働かないようにしますか」

「まったく働かないのも良くないので、その場合は自己行動評価の負の得点が少なめになるよう調整しましょう。命令と違う事をする以上、ちょっとはためらわせないと」

「ちょっと、とは?」

「数ミリ秒くらい」

 佐々木は笑った。

 仮想訓練場では、遮蔽物に隠れた警察官がロボットに対し、逃亡する犯罪者を捕まえるように命令していた。しかし、ロボットは走れば追いつける距離であったにも関わらず、まず装備していたペイント弾を投射した。その結果距離が開いてしまった。

 ロボットの自己行動評価を分析すると、舗装されておらず、かつ障害物の多い地形のため網が効果的でなく、転倒の可能性が大きいと見積もり、行動指示を無視してペイント弾使用を自主判断したとあった。その結果距離が開き、逮捕命令の成功可能性が低くなったが、それに対する負の評価は小さかった。

 訓練に参加した警察官は、ロボットが命令を無視した点についてそれほどストレスを感じておらず、訓練全体を見直した後、ペイント弾投射を支持した。

 警察用ロボットの開発が続く中、本社研究チームから前に送ったメモの回答があった。懸念点については理解を示していたが、後手でも制御は可能としていた。生体回路開発チームの全面的な協力も得られていると自信を持っていた。

 訓練は仮想空間から実体を使用したものに切り替わった。引き続き新宿区の協力が得られ、雨水貯留所が使用できた。白と黒のロボットが薄暗い空間に仮設された建物や施設で学習していた。佐々木に誘われ、加藤は訓練を見学させてもらった。

 警察官が次々に命令し、ロボットが従う。時に問題が発生するが、現場で解決可能だった。

「だいぶ仕上がってきましたね」

 画面を流れるデータと目の前の訓練を見比べながら佐々木が言った。

「生体回路の成長が思ったより早いせいです。自主判断の範囲に留めておけるかどうか」

 そう返事した加藤の目の前でロボットはペイント弾を逃亡者役の足に連続投射して転倒させた。

「今のは何だ。命令したのか」

 警察官は首を振った。佐々木はその場で分析を始めた。

 命令は逮捕だった。ロボットは十分近距離にいた。地形は安定している。慎重を期するにしても一発だけで良かったはずだ。

 しかし、ロボットの判断は違っていた。自分の足と投射速度を比較、命中した際の衝撃や、周囲の薄暗さから貯水槽への転落を考慮し、網よりもペイント弾連射で転倒させるのが効率的で安全と判断していた。

「間違っちゃいないんだけどな」

 判断の根拠が流れる画面を指差して言う。加藤は頷いた。

「間違ってないですね。でも間違ってる。なぜ間違いか教えないといけないですね」

 訓練が再開された。今度はクッションジャケットを付け、デモ隊を押し留めていた。人間ではありえない形に足を拡げて力を吸収している。

 昼時、配られたおにぎりを食べながら画面をつつく。

「命令から目的を抽出する所を弱めましょうか。もうちょっと気がきかない位にしてはどうです」

「しかし、現場の評判はいいんですよ。これで。今までのシステムみたいに何から何まで指示しなくて良くなりそうだから」

 外に食べに行くつもりだったが、加藤がここで訓練を見ていたいと言ったので、佐々木も一緒におにぎりを頬張っている。話しながら、時々挨拶していく人々に答えていた。

「話し変わりますけど、警察用の識別記号決まりました。やはり『P』を使うそうです」

「分かりました。Pタイプですね」

「それと、上からCMSさんにお願いしていますが、都市整備用を現場警察官の判断で徴用出来るようにする予定です。こちらは法整備もいるのですぐではありませんが」

「警察用の命令群はどうするんですか」

「ダウンロードですね。十秒以内の変換完了を目指します。緊急用の帯域は確保されているのでそこの問題はありません」

「内部の生体回路はそうは行きませんよ。都市整備用に成長しているのを急に警察用にしてきちんと動作するかどうか」

「ま、あくまで緊急用です。Pタイプほどでなくてもそこそこ補助ができればいい。それより、FWUすべてが潜在的に警察用途に転用できるようにというのが狙いです」

 栄養液を補給しているロボットを横目で見る。

「それから、あれですね。稼働時間、今の倍にはしたい」

 加藤もそちらを見た。

「エネルギー効率のいい原料は分かっているんですが、毒性か引火性があって使えません」

「何か解決の目途はないですか」

「見かけ上の稼働時間を増やすために、個体同士の栄養液の融通を今以上に積極的に行わせようと言う案はありました。栄養液管理を中央ではなく、近距離の個体同士で連絡を取りながら個別に判断させますが、実現させるのに問題ありです」

「それ、すぐにできませんか。失礼ですが、それほど難しくはないでしょう」

 補給タンクに手首を合わせているロボットから、佐々木の顔に目を移した。

「それは一種の自律判断に繋がります。成長上限のない生体回路を積んだロボットが連携を取りながら物事を個別に判断するのです。影響を完全に試算できるようになるまで慎重でいたい」

「お気持ちは分かりますが、CMSさんの研究所は生体回路の制御は完全に可能と保証しているのでしょう。警察用途のためには長時間稼働は必須です。ご協力頂けませんか」

 昼休憩は終わり、訓練が再開された。犯人役が人質を取って脅す演技をしている。佐々木が淹れてくれた茶を飲みながら、加藤は頷いた。

「上と相談します」

「お願いします」

 見学を終え、社に戻ってから相談した。上司は研究所と相談した結果、栄養液融通のため、中央頭脳群を通さない判断を行う研究を認めた。思ったより早い結論に驚いた。

 まず、近距離通信の改良から始めた。発光器官全体を用いる今の方法はあまりに無駄が多い。研究所に、指先以下の面積での発光通信の開発を依頼した。

 それと並行して処理命令を組む。連携を取る距離や状況を定義し、中央頭脳群を通さずに判断できるようにする。あらゆる状況は絡み合うため、各個体に分散させて処理させる手順を組むより、その処理を栄養液補給に限定するのが難しかった。

 また、上司には、これはPタイプ限定の機能であるのが望ましいと進言した。理由として、警視庁からの依頼である点と、都市整備用には現状不要である点を挙げた。

 しかし、CMS上層部は、栄養液補給のための個体による処理機能をPタイプ限定にしないと決定した。日本で展開するFWUは緊急時の警察用途への転用がほぼ確実なので、都市整備用にもその機能を付け、法整備が完了次第利用できるようにしたい意向だった。また、今後他国へFWUの導入を働きかける際にもその機能は長所になると想定していた。

 処理実行後のロボットの挙動を試算するため、仮想都市に二十体ほどの都市整備用とPタイプを配置し、それぞれの栄養液残量を現実的な範囲でランダムに調節した。その上で各個体に別々の命令を与えた。

 当初は単に全個体が平均的な液量になるよう融通しあい、目覚ましい結果とはならなかったが、すぐに与えられた命令を遂行するのに必要な稼働時間から必要栄養液量を概算し、その情報をお互いに共有して融通するよう改良し始めた。その際、軽い仕事を与えられた個体が自らを栄養液タンク役に割り当てる様子が見られた。

 これは自分で自分に行動目的を設定する『自律』の萌芽であると上に報告し、了解を得てそうしないよう命令を組んだ。手段は自主的に決定して良いが、目的の決定は人間の指揮命令者が行わなければならないと上層部も納得してくれた。

 さらに上司と佐々木に進言した。いつまでこうした芽を摘んでいられるか自信はない。中央に情報を集めて処理する場合と異なり、個体ごとの処理ではいずれまた何かで自律判断を行うだろう。それは必然であり、今から予防的処理の作成を行うのが適切と考えます、と。

 上司はそれを了承し、対策を練るよう研究所にも指示すると返答してきた。佐々木も同意してくれた。

 加藤は今後の予定に、自律判断抑制策作成と書き込んだ。また、集団の行動について書かれた論文を集めて自分の知識を更新した。

 だが、心配をよそに仮想都市でのFWUの見かけ稼働時間は伸び、好条件では二十時間を超えた。佐々木の提案により、重要任務を持つPタイプの優先度を高めると二十四時間を超えた。

「しかし優先度をいじるのは現実的ではないですね。緊急時には決定する人間がいるかどうか疑問です」

「そうですね。提案しておいて何ですが、やはり補給レベルの相談は人間不在でやってほしい」

 画面の向こうで飲み物を飲んだ。最近そうするのを遠慮しないようになってきた。カップを置いて言葉を続ける。

「ところで、自律判断抑制の方はどうでしょう」

「遅れ気味です。済みません」

「お手伝いできますか」

「まずはこれを見て下さい」

 これまでの状況をまとめた資料を送った。目的を持つ場合、あくまで人間が与えた命令から抽出したものに限るよう抑制する手法がいくつか比較検討されていたが、いずれにも穴があった。佐々木はまず結論部分に目を通した。

「つまり、命令なしに行動する存在は集団になるといずれ目的を見出す、という訳ですか」

「ええ。栄養を融通しあう程度の行動でさえ、各個体それぞれに判断させ、行動させていれば目的を作り出すようになります。自分からタンク役になろうとする試みを何度も抑制しました」

「それはなぜでしょう。タンク役になろうとする個体はどういう道筋をたどってそういう目的を見出すのですか」

「深い思考ではなく、どうやら創発に近い行動のようだと考えています。ただ、まだ根拠はありません。私の推測に過ぎません」

「創発?」

「アリですね。アリ一匹を取り出して観察しても群れが行う複雑な行動は予想できない。一匹一匹はごく簡単な行動原則に従っているに過ぎないのに、集団になると飛躍的に高度なシステムになるでしょう。それです」

「女王アリが指揮しているのでは?」

「あれは言葉の綾です。巣の奥でじっとしていて、働きアリが食べ物を持ってくる様子を見て女王と言っただけでしょう。実際は卵工場程度の意味しかない個体です。アリの群れに人間の脳や会社のCEOに相当する個体はいないんです」

「アリの群れ。FWUがですか」

「まだそうはなっていませんが、近いと思います。今は中央頭脳群が制御していますが、栄養液融通計画がFWU集団を自己組織化させ、創発する状況に変化させるかも知れません」

「仮に創発したとして、どういう行動が予想されますか」

「不明です。創発させるにはかなりの数が必要ですが、さすがに試算可能な演算能力は手元にありません」

 加藤は佐々木の顔を見てあわてて言い足した。

「あの、済みませんが、さっきも言った通り、これには根拠はないんです。私の推測ですので」

「でも、十分事態を説明していると思いますよ。しかし、そうだとすると根本的に抑制できないですね。通信しあう多数の個体が創発するのが必然だとすると」

「そこまで極端には考えていませんし、創発と言うのも高度な自己組織化を例えて見ただけです。仕様範囲外の行動はさせません。現実的な抑制策を組み上げます」

「お手伝いします。何でも仰って下さい」

 飲み物を飲もうとし、空なのに気付いて苦笑いした。加藤は小さく微笑んだ。

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