そらのもり

葛生 雪人

1、


 夜がやって来ると言うけれど、その暗闇は本当に夜なのだろうか。

 僕の住むところでは空いっぱいに森が広がって一日中の暗闇を連れてくるのだ。




 ぐんぐんと、にょきにょきと。

 枝葉を繁らせ、どこからか森がやってくる。侵蝕してくる。

 空の向こうから。

 ずっとずっと高いところから(成層圏の彼方から?)森が降りてきて、まるで天上から地上に向かって生えるように、逆さまの森が僕の頭上に蔓延るのだ

 やがて僕から見える空はすべて森に覆われて、長い長い「閉ざされた日々」がやってくる。

 それはどこかの遠い国にある「極夜」というものに似て、1年の3分の1くらいのあいだ僕らから陽の光を取り上げてしまうのだけど、だけど僕らはいつもそれほど絶望的ではなかった。




 うっすらと明るいというよりも、うっすら暗がりが薄まると、朝が来た合図。

明るさを感じることなく、「今はいったい何時だろうか」と考えるうちにまた夜を迎えるという毎日だ。

 僕は、今日の暗闇のもとでは何をしたものかと思案して、考えるついでに空を見上げた。

 いや、正しくは「森を見上げた」か。

 僕らに向かってそびえる木々の中には、ときどき僕らに届きそうなほどに枝を伸ばすものがある。

 僕はそんな枝を見つけると、心躍らせて、納屋から僕の身長ほどの脚立を運び出す。

 手を伸ばす。

 トナカイの皮で作ったハンギングチェアを、長く伸びた枝に引っかける。

 この時期は作物も育たないので農作業をすることもないし、たとえば家の中で日用品を作るとかそんな作業をするにしても暗さのせいですぐに眠くなるし、そもそも作業のためには灯りが必要で働けば働くほど蓄えてあるわずかな油が減ってしまい残りの量を気にしながら生活しなければなくなるので、こういうときはあえて「何もしない」ということを選択する。そうすれば著しくお腹が減ることも防げるので、やはり何かと都合がいいのだ。

 だから僕はトナカイの毛皮に身をあずけるようにして、何をするでもなく1日を過ごすのだ。

 やさしい風に揺れながら、今夜は何を食べようかと考えながら目をつむる。

 鼻から口から舞い込んだ緑のにおいは僕の全身を駆け巡って、目を開き向き合っていたときよりも、なおさら空に広がる森の濃さと広さを意識させた。

 ハンギングチェアが、ふうわりと大きめに揺れた。

 僕はとっさに目を開けて、今一度、蔓延る木々と向き合った。

 広葉樹のやわらかそうな葉っぱ。

 ひらりはらりと僕のひざに落ちた。

 僕はそれを拾い上げる。

 1日1枚を拾い、これで何枚になっただろうか。

あと何日か。

もう何日か。

 どちらで数えた方が気が楽なのか、いつか誰かに教わったはずなのだが、その答えを僕はすっかり忘れてしまった。

「お前は、何枚目だろうねえ」

 僕はにんまり口もとを緩ませながら、幾人目かの客人をそっとポケットにしまった。




 日記帳はあるが、日記はつけない。

 代わりに、1ページに1枚葉を挟む。

 物語の残りを確認しながら毎日を送る。

 惜しみなが今日もページをめくり、葉を置き、閉じる。

「惜しい」と強く感じるようになると、僕は葉を挟む行為をやめて、ただ表紙の上に無雑作に重ねていくようになる。

 だけど得も言われぬ焦燥感を味わわせるのは何も1日1枚の葉っぱだけではない。

 瓶いっぱいに詰めてあった豆がどれほど減ったかとか、木箱の中で芋に芽が生え始めたとか、そういったことがらも僕に「あと何日か。もう何日か」と考えさせる。




 あと何日か、もう何日か。

 幾重にも重なる葉っぱを見上げ、その向こうにあるだろう太陽を思った。






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