7-2

◆◆◆


 その後、リンが目を覚ましたのは、冷たい床の上だった。


「ん……」


 薄らと目を開け、リンは身じろぎする。

 寝転ぶリンを取り囲むようにして、幾人かの人が立っているのが見えた。

 ぼやけた影が像を結び始め、漸く何が起きたのかを悟る。


 一際冷たい目でリンを見下ろしている女には見覚えがなかったが、こんな時代に珍しい真紅の法衣は、リンがよく知っているものだった。


「ど、……して……おか、さま、の……?」


 口を開けて眠っていた時のような、いがらっぽさが喉に絡みつき、リンは激しく咳き込む。

 女は感情のない目でそれを一瞥し、傍らに立つ青年に何事かを命じた。


 青年がリンの近くに膝をついて、そっと抱き起す。

 水の入った杯を唇に押し当てられ、受け取ろうと手を伸ばしたリンは、両手首に枷が付けられていることに気付いた。

 体中に重くのしかかる倦怠感は、寝起きのせいだと思っていたけれど、どうやらこの枷に込められた魔封じによるものらしい。


 リンを抱き起した青年の、灰茶の髪と濃紫の瞳に安心して、リンは口を開く。


「ここ……どこ? ヨナ、レグルスは……?」


 ヨナに尋ねたつもりだったが、それに答えたのは、酷薄な笑みを湛えた女の声だった。


「死んだよ。残念だったねえ、これでもう、本物のアクイレギアに戻るには王太子を殺すしかなくなった。わたくしたちに従うのなら、取り戻す手伝いをしてあげるけれど?」

「……死ん、だ?」


 瞑目したリンに、女は冷やかな声で返した。


「エリヤ。教えてさし上げなさい、誰が彼を殺したのか」


 話を振られたのは知らない名前の人だった。

 だからリンは、女の周りに並び立つ内の誰かが口を開くと思ったが、聞こえてきたのは極近い場所からの、聞き慣れた声だった。


「リン、ごめんね。僕が撃ったんだ」

「え……?」


 たちの悪い冗談かと思ったけれど、「兄」は訳もなくそんなことを言ってリンを傷つけるような人ではない。

 戸惑うようなリンの視線を受けて、ヨナはもう一度言った。


「僕が、彼を撃ったんだよ、リン」


 そんな惨いことを言いながら、ヨナの掌は優しくリンの頬を撫でる。

 唇を戦慄かせ、呆然と瞳を揺らしたリンに、彼は重ねて言い募った。


「心配しないで。君に危害を加えるつもりはないから。僕に従って。……ね?」

「おやおや。女なら誰にでも優しい男はこれだから。入れ込みすぎないでちょうだいよ」


 揶揄するような言葉を吐いて、赤い服の女は可笑しそうに身体を揺する。

 そうだ、彼女からは見えないのだ――甘ったるい声色にはそぐわない、恐ろしく冷徹な彼の眼差しが。


 表情と感情と声色が一致しない、と常々レグルスに評されていた違和感の塊は、リンにだけ聞こえる無音の声で囁いた。


(どんなに手を汚しても、たとえ一生許されなくてもいい。……今度こそ、守るよ)


 決然とした濃紫の瞳は、リンではない誰かを見つめているようだった。

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