5-2

◆◆◆


 むしゃむしゃ。


「……」


 もぐもぐ。


「あ、レグルス、わたしあっちのお肉食べたい!」


 ごくん。


「……。お前なあ……!」


 頭痛を堪えるように額に手を当てたレグルスは、空になった皿を取り上げて、もう我慢できないとばかりに声を荒げた。悲痛な叫び声は最早悲鳴に近い。


「どんだけ食えば気が済むんだよ! あれからまだ半月だぞ、普通なら致命傷で即死だったんだよなお前、いくら不死身でも復活早すぎないか!?」

「だから平気だって言ったでしょ。ちょっと痛いけど元気よ。お腹ぺこぺこだし」

「もうそれ元気通り越して病気の域だよ! どういう胃袋してんだ!」

「あら、心臓ないだけで胃は普通だと思うわよ」

「そんなわけあるか!」


 山のように積み重なった空の皿を見て、リンは小首を傾げた。


「そうかしら?」


 誰に聞いてもそうだと答えるに違いないのだが、リンは本気でこれを普通だと思っているのだから手に負えない。

 帝国人ってもしかしてみんなこうだったんだろうかと一瞬恐ろしい想像を巡らせたレグルスは、慌てて力いっぱい首を振った。


「……とりあえず! 量についてはもう何も言わねえから寝っ転がって食うんじゃねえ! ったくもう、髪の毛にソース垂れてんじゃねえかよ、ほら――」

「やっ……だっ、大丈夫よ! 自分でやる! 貸して!」


 そう言うなり怪我人とは思えぬ俊敏さでレグルスから布巾を引ったくったリンだったが、死なないなりに痛むらしい背中の傷に響いたのか、そのまま蹲り、か細い呻き声を上げる。


 枕に顔を押し付けたままぴくりとも動かなくなったリンに、まさか傷が開いたのではと焦ったレグルスが声をかけた。


「なあ、おい、大丈夫か? 痛いなら薬……」

「いっ、いい! 塗らなくていい! 怪我ならもう平気だから!」

「痛み止めは飲み薬だろ。何言ってんだよ自分で作ったくせに……遂にボケたか?」


 普段であれば「わたしほど心身ともに若々しい約千歳なんて世界中探してもいないわよ!」くらいのことは言い返してくるリンなのだけれど。


「ボケてはないわよ、たぶん……ただちょっと、最近変なだけ」

「変? 何だそれ、まさか背中以外もどこか怪我してたんじゃ」

「そういうんじゃないの。ないんだけど……」


 枕からちょっと顔を上げ、薄青の瞳をくるりとレグルスに向けると、リンはもごもごと口籠りながら呟いた。


「レグルス、ちょっといい?」


 リンの手招きに応じてベッドの傍へ寄ると、彼女はレグルスの左胸にぺたりと片手を置いて、同じように自分の胸にも手を当て、うーん、と唸り声を上げる。


「……やっぱりそうよね……」

「いや何が。勝手に納得すんなよ。説明しろよ」

「レグルス、握手」

「はあ? ……こうか?」

「…………やっぱりそうよねー」

「だから何がだよ。さっぱり分かんねえぞ俺には」


 困惑したレグルスがそう言ってリンの方に身を乗り出すと、再び彼女はさっと枕に顔を沈めて顔を逸らした。ついでに、枕ごとベッドの端に逃げられた。

 不機嫌顔のレグルスに、リンは言い訳がましく言い募る。


「違うのよ、あのね、あなたが悪いんじゃないんだけど、今わたし、あんまり、あなたの顔、近くで見たくないっていうか……」

「……何だそれ」


 ずがんと頭を殴られたような衝撃だった。レグルスは目を見開き、それきり静止した。


 レグルスの顔を見ると不安になるとか、不吉とか怖いとか気持ち悪いとか、そう陰で言われることがあったのは知っている。

 しかし面と向かって「見たくない」と言われたのは初めてだったし、何より、リンにだけは、そう言ってほしくなかった。


 瞬き一つせず押し黙ったレグルスに気付いて、リンはハッとしたように首を振った。


「ち、違うわよ! そういう意味じゃない! あのね、だから、その、わたし、変なの。あなたの顔見てると、こう……息切れ動悸が激しく」

「お前息してないし心臓ないじゃねえか。もうちょっと上手い嘘考えろよ」

「うそじゃないわよ言葉のあやよ! でもほんと、もしかしていつの間にか心臓戻ってきたのかと思ったけど違ったし。今朝ヨナに包帯換えてもらった時は何ともなかったのに」

「ヨナは平気なのか?」

「そう言えばそうね。……どうしてかしら」


 ふーん、と呟いたレグルスの目が完全に据わっているのを見て、リンは明らかに狼狽したようだった。

 必死に言い訳を探し、あれも違うこれも違うと思い悩むリンを横目で睨み、レグルスはぼそりと言う。


「仕方ないんじゃねえの。作り物みたいで不安になる顔だってみんな言うし。そりゃ、魔女だって近くで見たくはねえだろ。俺、それに、口うるさいし。ヨナはお前に優しいし」


 そんな自分の言葉にこそ気分は落ち込み、リンが困っているのも分かっているのに、次から次へと湧いてくる苛立ちは自虐となってレグルスの口から飛び出してしまう。

 この辺りでやめておけと頭の中で冷静に警告する自分もいるのに歯止めがきかず、結局レグルスは言葉を収めるよりその場から逃げることを選んだ。


「……俺ちょっと出てくから、寝てれば。そんなに見たくなきゃ、次から気を付けるよ」

「ちょ、ちょっと! 一人で出歩くなんて危ないでしょ! それに、そんなんじゃないったら! わたしはね、ううん、……そうよ! これってたぶん――」


 たぶん、ともう一度繰り返したリンはしかし、それきり言葉を続けられなかった。


 立ち止まったレグルスの前で、彼女は声を失ったかのようにぱくぱくと口を動かし、目は泳ぎ、訳もなくもぞもぞとシーツを手繰り寄せ、縋る様な視線を扉へ向ける。


「……ヨナ、今日は来てくれないの?」


 ――今度こそ、レグルスは振り向きもせず出て行った。

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