4-2
◆◆◆
「ふあっ……な、なな何だ今の!」
夏の朝特有の寝苦しさに目を覚まし、レグルスは悲鳴を上げて飛び起きた。
前日ちらりと母のことなど話したせいかは知らないが、どうしてよりにもよって母親の側になる夢など見なければならないのか。
夢の中の妃殿下とやらは膨らんだ腹を愛おしげに撫でていたが、自分の体内に人間がもう一人入っているなんて想像しただけで恐ろしいし、出てくる時のことなんてもう恐怖の限界を超えている。
おまけに、預言者と思しきローブの誰かはとうとう顔を上げなかったが、あの白っぽい後ろ頭といい小柄な体格といい、明らかにリンを想定していた。
気にしないんじゃなかったのかと自分を小一時間ほど詰りたい。
(にしても、妙にリアルというか……)
何となくレグルスは自分の下腹を確認し、硬くて平らな筋っぽさしか感じないことに安堵の息を漏らしたが、それが当然だしそうでなくては困る。
それに、夢の中の「私」とやらは、産まれる子供をこそレグルスだと言っていた。
――万が一にも今の夢が願望を反映したものだとしたら。
今度は急に自分がものすごく恥ずかしい人間のように思えて、誰も見ていないというのにレグルスは布団の中で蹲り、無意味な唸り声を上げる。
これでは母恋しい子供ではないか。
十八にもなって大の男が情けない。
夢の内容を反芻しては身悶えし、大して広くないベッドの上をごろごろ転がっていたレグルスだったが、突然ぴたりと動きを止め、独りごちた。
「……早く会いたいわ、か」
果たして母は、自分を産んで幸せだったのだろうか。
伸びかけの髪を摘んで、レグルスは息を吐いた。
色も毛質も母と同じだという蜂蜜色の癖毛は、だからこそ、一度も好きになれたことがない。
「……黒だったらロビンと同じだったのに」
「あれ、殿下髪染めたいんですか? せっかく天然の金髪なのに勿体ないなあ」
「うおおああ!」
突然現れた人影に、レグルスはシーツを被ったままベッドの端に飛びのいた。
「……何です、人を化け物みたいに」
言葉だけは不本意そうだが、愉快げな声と至ってどうでもよさそうな顔でそう言ったのはヨナだ。やっぱり今日も発言と声音と表情が見事に噛み合っていない。
「どうしたのレグルス、朝から大声出して……」
その後ろからひょっこり出てきたリンは、頭からシーツを被って芋虫のようになっているレグルスを見て、何とも形容しがたい顰め面で呟いた。
「……ほんとになんなの? 新しい遊び?」
「んなわけあるか! 間が悪いんだよお前ら揃って!」
「駄目だよリン、殿下きっと遅れてきた思春期真っ最中だから。そっとしておこう」
何だかこの男、昨日の今日ので急に態度がふてぶてしくなってはいないだろうか。
羽虫を見るような目で丁重に扱われるのも不気味だが、この変化を肯定的に捉えるのは王族の端くれとして駄目な気がする。
白々しく笑って尚も余計なことを言おうとするヨナを殴りたい衝動に駆られつつ、レグルスはシーツを跳ね飛ばして叫んだ。
「もー着替えるんだから出てけよッ!!」
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