*幕間*

「お加減は如何ですかな。正真正銘の干物になるにはまだ早いですぞ、陛下」

「……何だ、お前か」


 浅い眠りから呼び戻され、王は億劫そうに目を開けた。

病床にあってなお眼光鋭く隙のない王とは対照的に、穏やかな老紳士と言った雰囲気の来訪者は、不機嫌な視線を向けられてもまるで動じた様子を見せない。


 日々手入れを欠かさないという艶々した髭を撫でながら、王の腹心と目される男、宰相ウルフズベイン卿は濃紫の目を細めた。

「何だとはまたつれないことを仰る」と嘆く割には目が楽しそうだ。

人を怒らせて喜んでいるのだから腹立たしいやら憎たらしいやら、彼と王は従兄弟同士で幼少からの付き合いだが、癖の強すぎる本性には辟易している王である。


 深々と溜息を吐いた王は、彼から身体ごと目を逸らして問うた。


「預言者の足取りは掴めたか」

「そうでなければお休み中のところわざわざお伺い致しません。不肖の息子から連絡がありましたのでな、ご報告に参りました」

「不肖? そっくりだろうが、口の減らないところなんか特に」

「ほほほ、何を仰います。十言って一しか返ってこないようじゃまだまだですよ」

「……。百言って十返ってくる、の間違いじゃないのか」


 緩慢な動きで半身を起こすと、王は眩暈を堪えるように眉間を揉んだ。

差し出された薬湯の杯を受け取り、薄く色の付いた水面を見つめる。


「……本来、由緒正しき公爵家の人間がやるような仕事ではないのだがな」

「由緒正しき裏切り者の間違いじゃございませんか。万が一謝罪などされましたら明日の朝食に口中が痒くなる芋とお腹が緩くなる野菜で地獄の一品を作らせますぞ陛下」

「やめろ、貴様が言うと冗談に聞こえん」


 聞こえないどころかおそらく本気だから始末に負えない。相手が違えば不敬罪で打ち首だ。

 本心か嘘か分からない笑顔を貼り付けた宰相に、王は首を振って言った。


「誰が謝ってなどやるものか。人の息子を勝手に生贄にしおって」

「お戯れを。まあ高所恐怖症を高所に閉じ込めたのは可哀想だったと思いますがね」

「可哀想で済む問題か。あれが思い出したらどうするつもりだ」

「隠してばかりもおられますまい。いつかは殿下御自身が受け入れねばならぬことです」


 黙り込んだ王を見て、宰相は嘆息する。


「……ご立派になられましたな。殿下ならば必ずや、使命を果たして戻られましょう」

「悪趣味な冗談はよせ。勝手ばかりした挙句、親より先に死ぬ親不孝者のどこが立派だ」


息の詰まるような沈黙の後、王は苦い笑みを浮かべ、杯を呷った。

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