1-2

「王女様に、あんな風に言われたんですか?」

「はあ?」

「物語の王子様みたい、って」


 答えもしないうちから、いいなあ、と溜息を漏らしたロビンに、レグルスは片眉を上げて振り返った。回廊を吹き抜ける風は優しく、そっと二人の肌を撫でていく。


「いいわけあるかよ。おかげで俺の『ご臨終』が夕方から昼に変更になった」

「いつも思うんですが、その言葉遣いどこで覚えたんです? 父上もたまにあんな感じですけど、兄上も大概……それに、時間の変更に関しては兄上の自業自得では」

「弟の前でまで猫被れって? 勘弁してくれよ。ま、自業自得は否定しないけど」


 何がそんなに誇らしいのか、堂々とふんぞり返った兄を見て、今朝のことを思い出

 したのだろうか。ロビンは腹を押さえて背を丸め、蹲ってしまった。

 大丈夫かと聞けば「誰のせいだ」と返ってくるのは間違いないので、レグルスは黙って視線を逸らすことにする。


「……悪かったって」


 背をさすってやりながらぼそぼそとそんなことを言い、息を吐く。

 普段の態度が態度なだけに、不仲と誤解されがちだが、レグルスは別段この苦労性の弟を嫌っているわけではないのだ。ロビンの方がどう思っているかは知らないけれど、まあ、多少なりとも恨まれてはいるだろう。直接尋ねてみたことはないが、身に覚えなら山とある。


「兄上は」


 ロビンの人懐っこいチョコレート色の瞳が、ぐるりと回ってレグルスを見上げ、すぐにゆるゆると視線を落とす。

 常に不安げな表情も、風に弄ばれてさらりと目にかかる真っ直ぐな黒髪も、兄弟にしてはまるで似たところがないなと今更な感想がレグルスの頭の隅に浮かんで消えた。あの白髪の老父も、若い頃はこんな黒髪だったのだろうか。


「自覚なさって下さい。何もしなくたって目立つんですから。……僕と違って」

「お前だって背筋伸ばしてビシッとしてれば十分目立つよ、俺よりでかいんだから」

「……。そういう意味ではなくて」


 別に目立ちたいわけでもないですし、と眉を顰めて俯いたきり、ロビンは黙り込んでしまった。

 会話が中途半端に終わって手持無沙汰になったレグルスは、首を回して目を上げる。日はずいぶん高くなり、もうそろそろ「迎え」が来る時間だろう。


 花壇の花と言えば白ばかり。やたらと地味な中庭を眺め、溜息交じりに独りごちた。


「自覚したって今更だろ。今日で俺の人生終わるんだぞ」


 生来「体が弱く」民の前に姿を現したことのない第一王子は、十八歳の誕生日を迎えるその日に「病死」することになっている。

 空っぽの棺に適当な花を詰め込み、葬儀を執り行った後、王太子レグルスの名は、兄の死を悼んだ第二王子へと受け継がれる。らしい。


「……。そら来た、お迎えだ」

 物々しい足音に気づき、レグルスは首を振った。

 丸腰の若造一人に、武装した騎士団の迎えとは、随分な念の入れようではないか。思わず苦笑を漏らして、視線を落とす。


「そんなに俺って怖いかな。……まあいいや。元気でな」


 振り返れば物言いたげなロビンの視線とぶつかって、それからすぐに顔ごと逸らされた。「人を魅了する、邪悪な」レグルスの瞳を正面から覗き込むのは、実の弟にすら勇気のいることらしい。顔を見なければ父のような小言だってするくせに、おかしなものだ。

 がしゃがしゃと耳障りな音を鳴らしながら角を曲がって、いよいよ目の前に迫った「迎え」を視界に捉えたまま、ロビンが囁くように問うた。


「……諦める気なんてあるんですか?」

「あると思うか?」

「それは……だけど逃げれば罪になりますよ」


 焦ったようにそう言ったロビンを、横目で盗み見る。

 臆病で心優しい弟王子は、いつもの猫背に困った顔を乗せて、廊下にずらりと並んだ騎士たちを眺めていた。ぎらぎら光る騎士たちの鎧の方が、レグルスの顔なんかより余程直視しづらいはずなのに。


 おかしなものだ。心のどこかで、それを仕方がないと思う自身も含めて。


 ロビンの忠告は騎士たちの耳には届いていないらしい。レグルスは笑って振り返る。


「今更そんなもの怖くないさ」


 だって、何もしなくたって、今日で彼は「死んでしまう」のだから。

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