美しく生まれてはならない

1-1

 カーレンバルトの第一王子は、獅子のように勇敢で、恐れを知らぬ若者となる。

 しかしその太陽の如き美貌は人々を惑わし、古の魔女との邂逅を経て、地平線の彼方までも焼き尽くす炎となるだろう。



 そんな理不尽な預言と共に、この世に生を受けて十八年。

 今日は彼の、記念すべき成人の日だ。


「レグルスよ」

「はい、父上」


 この頃めっきり老け込んだ父王を横目で見て、彼はゆるりと微笑んだ。

 朝食の席で父が自分に話しかけるのは、小言の時に限ると知っている。


「僕に何かお話でも?」


 知っているくせにわざとそんなことを聞くのだから、性根の曲がり方は深刻だ。


 そもそも「レグルス王子」は、物心ついた頃より甘やかされ続けて育ち、父以外の誰からも叱られた経験のない王子様である。長じてろくな人間になるはずがないと、レグルス自身そう思う。


 事情を知る王宮の人々は、いつでも彼に優しく同情的だった。

 一つ年下の弟ばかりを厳しく叱る教師たちは皆、レグルスは可哀想な王子だから何もしなくていいのだと、口を揃えて言ったものである。言うばかりで、彼と目を合わせようとはしなかったけれど。


 王になれない王太子というのは、それほど微妙で扱いに困る、繊細な立場らしい。


 彼に求められていたのは、父の定めた人生に従順であることのみだった。

 今日という日は、彼の記念すべき十八回目の誕生日であり、彼という人間が消えてなくなると決められた日だ。


 ……が。


「隣国からの大使が、興味深い話をしておった」

「そうですか。どのような?」


 すっかりそんなことなど忘れてしまったかのような白々しい応答を受け、王の眉間の皺が深くなる。

 隣で成り行きを見守っていた第二王子、ロビンが困ったように眉を垂れた。

 しかし気の弱い弟にこの場で兄を諌める勇気がないということも、その他の同席者が面倒を嫌って黙々と食事を続けることも、レグルスはよく知っている。


「以前かの国の御前試合に現れたという、仮面の『騎士』についてだ。お前、何か心当たりはないか?」

「心当たりですって? 申し訳ありませんが父上、もう少しはっきり言って頂けないと。僕ときたら父上のお言いつけどおり勉強を怠けていて、さっぱり学が無いものですから」


 よくもいけしゃあしゃあと。

 王の額にびしりと筋が走ったけれど、問題児の長男は気にも留めない。


「……。大使が申すには、今年で十六になる王女殿下がその騎士を慕って、行方を捜しておられる、らしい。……参考までに聞きたいのだが、レグルスよ。先月の末、お前、どこで何をしていた?」

「先月ですか。それなら……」


 軟らかく煮込まれた野菜を口へ運び、うーん、と考えるような唸り声をひとつ。

 もちろん本当に考え込んでいるわけではない。ゆっくり朝食を味わうための時間稼ぎだ。


 口の中のものをすっかり飲み込んでしまってから、レグルスはあらかじめ用意してあった言い訳を笑顔で言い放った。


「確か、部屋で大人しく読書を」


 ――ぶちん。

 張りつめていた何かが切れる気配に、始まった、と誰からともなく息を漏らす。弟王子に至っては、自分が叱られているわけでもないのに既に涙目だ。


「……嘘を言え、嘘をッ!」


 だだっ広い食堂に王の怒声が反響し、驚いたロビンがグラスを落とした。

 同席していた親戚一同は落ちていくグラスを目で追い、それが派手に割れたと同時に肩を落とす。

 騒然とした室内で給仕たちはてきぱき破片を片付け、騒ぎの元凶であるレグルスだけが平然と食事を続けている。

 ふてぶてしいその態度が王の怒りに油を注ぐのも、いつものことだ。


「騎士とやらの特徴を聞いて腰を抜かすかと思ったわ痴れ者が! お前以外に考えられるか、そんな」

「すらっとした、金髪で物語の王子様みたいに素敵なお方?」

「自分で言うな!」

「そうですね。だから僕じゃありませんよ」


 僕は「みたい」ではなく本当に王子ですし今のところ、と極上の笑顔を浮かべるが、事はそういう問題ではないし、この期に及んでそんな嘘を信じる者がいるはずもない。


 皺の寄った王の手が勢いよく空を切り、びしりとレグルスの頭を指さした。


「いいかその、焦げるまでぐずぐずに煮たマーマレードみたいな髪!」

「亡くなった母上の髪はコレと同じ、深みのある蜂蜜色だったと」

「何を考えているんだかさっぱり分からん憎たらしい緑の目!」

「こっちは概ね父上譲りのはずですが。あと父上、お言葉乱れてらっしゃいますよ」

「き、き、貴様という奴は……!」


 もうやめてやれと周囲の視線がレグルスに集まるが、


「そんなに怒るとポックリいきますよ、もう若くないんですから。糖分不足では?」


 どうぞ、と彼が差し出したのは、蜂蜜とマーマレードの小瓶だった。



 毎朝この調子では、その言葉が本当になる日もそう遠くないかもしれない。

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