多頭犬(ケルベロス)
かつて見知った町並みを駆けていく。崩れた駅ビルの階段を駆け下り別のビルへ飛び込む。
「どうする……どうする……考えろ……」
走っていても癖は出るんだなと、的外れな事ばかりが頭をよぎる。後ろから迫ってくるそれは付かず離れずの位置をキープして後を追ってくる。こちらの体力が切れるのを待っているのか、それとも狩りを楽しんでいるのか。
「だとすれば相当性格悪いぞ……くそっ」
ネガティブな感情を悪態と一緒に吐き捨てる。今やるべき事はどうやってあの犬から自身を守るかを考えることだ。
「相手は頭が三つ付いた体長一メートルちょっとある犬……走っていても勝てない、ならどうする」
走りながら武器を探す。ポケットの中にはサイフと携帯、廃墟となったビルの中にはコンクリートの破片や錆びついた鉄骨。
「投げても怯まないよなぁ……」
徐々に息が切れてくる。体が酸素を求める。息が上がり心臓がバクバクと脈打つ。肺に酸素を取り込もうと呼吸が荒くなっていく。その様子を悟ったのか、徐々に後ろの気配が近づいてくる。
唸り声がすぐ真後ろまで迫ってくる。角を曲がり、階段を滑り降りる。そのまま崩れた壁を乗り越えてまた別の建物へと逃げていく。しかし徐々に詰まって行く距離を話すことはできなかった。
どの位走っていただろうか。三十分以上走り回っていたようにも感じるし、あるいは五分と立っていないのかも知れない。一向に打開策の浮かばない逃避行は終わりを迎えようとしていた。
ペデストリアンデッキを抜けて次のビルへと駆けていく。走る速度を落とさずにビルの入口から中へと飛び込もうとする。入り口まで後数歩といった所で唐突にそれは起きた。今まさに飛び込まんとしていたビルの入口が崩落したのだ。もともとデッキに繋がる階層より上は既に崩落していたがついに下層階も崩落が始まったのだろう。
「あらら……建物の入り口完全に崩落してら……」
崩れたビルの入口を眺める。入口部分が完全に崩落しており中に入ることはできなかった。――最も、仮に中に入れていたとしても良い結果にはならなかったと思うが。。
「覚悟を決めて行くしか無いよね……」
意を決し振り返る。そこにはやはり、三つの頭を持った大きな犬が待ち構えていた。
一つの頭が一挙手一投足を見逃さんとこちらを凝視し、残り二つの頭が威嚇するように喉を鳴らす。その巨体故か、まだ距離があると言うのにその体から発せられる熱気を感じるかのような感覚を覚える。
頭の一つが遠吠えを上げる。天を裂くようなその遠吠えが鳴り止むと同時にその巨体がこちらへと駆け出す。
あの体格ならば体重もそれなりにあるだろう。当然、まともに当たればひとたまりも無いことはわかっている。しかし、回避行動を取ろうとする足が、疲労のせいか恐怖のせいか動かなかった。
近づいてくる巨大な壁のような体を前に、徐々に光景がゆっくりと見えていく。
――ああ、これが走馬灯というものなんだなと、緊迫した現実から目を背けるかのような考えしか浮かばなかった。目を閉じて衝撃に備える。……いや、あるいは目の前に迫った現実から目を逸したかっただけかもしれないが。そうして、視界を闇で閉ざしたのだった。
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