割れる空
父の言葉に従い駅前を離れて研究所を目指してく。周囲を見渡せばいつもどおりの町並みだが、やはりどこまで行っても人の姿は無かった。夏休みの間でも部活動などで賑やかな学校。様々な利用者がいるはずの図書館。買い物客で賑わう商店。そのどれもが無人だった。電気の供給が停止しているのか照明や空調なども停止しているようだった。そして、人が消えたためか、様々な場所で火の手が上がり始めている。
「やっぱり……誰もいないんだな……」
無人の町を歩いていき、目的地が見えてくる。ピュクシス研究所――かつて柴崎体育館があった場所に建てられた新エネルギー開発を目的として建てられた研究所は他の場所とは違い照明が点けられていた。
父の言葉に従い正面ゲートの横に備え付けられた警備用ゲートからエントランスホールに入る。研究所の中は空調が動いているのか少し肌寒いほどだった。
「父さん! どこにいるの!」
エントランスホールに人の気配は無く、待っていると思っていた父の姿も無かった。
少ししてから館内スピーカから父の声が聞こえてくる。
「京介、早かったな……ここからまっすぐに少し進んだ所にエレベータがあるから地下二階にある私の研究フロアまで来るんだ、いいね?」
父の言葉に従い、父の名前が付けられた研究フロアについた僕を迎えたのはカプセルのような容器だった。中を見れば人一人が横になって入れるくらいのスペースがある。十メートル四方の小さな部屋にそれ以外の物は何もなかった。
「着いたか京介……まずはそのカプセルの中に入るんだ」
唐突にどこからか父の声が聴こえる。だが、声が聞こえるだけで姿はどこにも無かった。周囲を見渡しても父の姿どころかカプセル以外の物を見つけることはできなかった。
「まって、父さん! いるなら姿を見せてください……」
声をあげて父に抗議する。しかし、帰ってきた答えは一番聞きたくないものだった。
「すまないがそれは出来ない……もう私は、私の肉体は消えてなくなっているのだ……」
身体が、なくなっている? そんなバカな。では電話してきたのは、ここまで誘導した父の声は一体何なのか。
「私は厳密には君の父親である碇大地とは異なる……碇大地のパーソナルデータを元に作成された人工知能と呼ぶのが正しい」
父の声の正体が人工知能だと言う。こんな状況でなければたちの悪い冗談にしか聞こえなかった。最も父はそんな事を冗談でも言う人間では無かったが。
「厳密に違うと行っても私がお前を息子だと感じていることに違いはない……私と大地は同じ考えを持った人物だからだ」
「……本当の、本当の父さんはどうなったんですか……」
震える声で、絞り出すように問いかける。父の最期はどうだったのかと。
「碇大地は……今日予定されていた実験の影響で身体が消失、観測できなくなった。洋子……いや、君の母親を含む他の研究者たちも同様だ」
聞かなければよかった、と少し思った。聞いておいてよかったと、少し思った。頭に浮かぶ父と母の顔がもう見られないと。ただその現実だけが重くのしかかった。
「他にも色々と聞きたいことがあると思うが時間がないんだ……京介、いい子だからまずはカプセルに入ってくれ」
父の声に従ってカプセルを開く、そのまま身体を滑り込ませてカプセルを閉じる。するとカプセルのフタ部分が液晶になっているのか様々な情報が表示されていく。
「ありがとう京介……まずは何から話そうか……」
そうして父の声を発するそれはゆっくりと今日あったことを説明し始めた。
そもそもの始まりはマナと呼ばれるエネルギーが発見されたところからだった。そのエネルギーは世界に満ちているが今まで観測する方法が無かったがために発見されることもなかった。
ある日ある科学者が『世界の位相』をずらす方法を発見した。世界の位相をずらすことで今まで観測できなかったマナを観測し、とりだすことが出来るようになった。
そして今日、今まで以上に位相を合わせる実験を行っていた。そしてその結果ずらした位相も戻すことができなくなった。
「結果、何が起きるかわからなかったけど……どうやら最悪の結果になったね」
スクリーンに外の映像が映し出される。屋上に備え付けられたカメラから映し出されたと思われる映像は目を疑うものだった。
町の上に浮かぶ雲や徐々に暁に染まりつつある空に黒い罅が入っていた。それは少しずつ大きさを、その範囲を広げていく。
「なんだよ……これ……」
目の前の映像が現実に見えない。空に浮かぶ罅に吸い込まれるように雲が消えていく。相当に強い力なのか駅やビルの建物が徐々に崩れて吸い込まれていく。
「計算が合っていればここは無事なはずだよ」
「なんで空が……割れて……」
そう、空が割れていく。徐々に罅が広がっていく光景は空が割れていくと表現するのがしっくりと来た。
「マナについて説明が足りなかったね……私達がマナと名付けたエネルギーは既存のどの法則も通用しない別の法則で動いていたんだ」
声を発する父……いや、父を模した人工知能が少しだけ悲しそうに言葉を続ける。
「既存の法則が通用しない世界に位相を合わせてしまったのだから、きっとこれから世界が作り直されるだろうね」
声と共に、空が割れた。
割れた空の向こうには七色の明かりが瞬いていた。様々な色が点いては消えて、ぶつかり混ざり新たな色に染まる。それがどこまでも続いていく。その光景は、とてもきれいなものだった。
不意に画面が消える。画面だけではなくカプセルの外、室内の電気も消えているのが確認できた。
「ポットの中までは消えてないってことは……父さん!」
カプセルの中で声を出す。父のパーソナルデータを持った人工知能を父と呼ぶには少し抵抗があったが他に呼ぶ方法もない。
「外のカメラが破損、研究所自体も予備発電に切り替わったんだね」
何事も無いように人工知能が告げる。
「これから僕はどうなるのさ、ずっとここにいるわけにも……」
「外のあれがいつまで続くのかわからない以上、外に出るのは不可能。それに収まった後もしばらくは外で生活は難しいだろうね。だけど心配いらないよ、父さんに任せなさい」
人工知能がそういうとポットの中が少しずつ暗くなる。そして、自身の体温が少しずつ下がっていく感覚を覚える。
「父さん……何を……したのさ……」
意識が朦朧としてくる。眠気にも似た倦怠感が身体を覆う。このまま意識を手放してしまえと囁く脳に精神だけが抵抗する。
「コールドスリープ……外の環境が人の生きられる環境になるまでここで眠るんだ」
声が聞こえるが頭に入ってこない。音を情報として処理できない。抵抗していた精神がゆっくりと沈んでいく。
「父……さん……」
気づけば自分が目蓋を開けているのか閉じているのかもわからなくなる。
「おやすみ京介……」
最後に、父の声が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます