消える人々
立川駅は平日とは言え夏季休暇の真っ只中なせいか人で溢れていた。北口に広がる大型商業施設や昭和記念公園など休暇を過ごすのには困らないのだろう。
「さて、会長それじゃ早速行きましょうか」
「もう学校じゃないんだから会長はよしてくれ……」
西条と並んで立川駅の構内を歩いて行く。東口改札を出て左側、南口を抜けていく。
「そういえば先輩、ピュクシス研究所も南口でしたっけ」
「うん、南口を出て少し歩いた所にあるよ」
そんなことを話しながら南口のスロープを歩いて行く。天気は快晴、雲一つない晴れ空の下を歩いて行く。目的の建物は駅前のビルに入っているため大した距離を歩くわけではなかったがそれでも汗が滲んでくる。
「やっぱり今日は一段と暑いね、西条さんは割りと平気みたいだけど……西条さん?」
気づくと自身の前を歩いていた西条が足を止めていた。頭に手を当て、そのままうずくまる。熱中症と思い慌てて駆け寄ると震える西条の肩に手を置く。
「西条さん? 大丈夫か……もう少し歩いた所に日陰があるからそこまで……」
その瞬間、西条が頭をかきむしりながら悲鳴を上げる。否、西条だけでなく周囲に居た人々のほぼ全員が同様に悲鳴を上げていた。
その異様な光景に思わず立ち尽くす。若い男の悲鳴、年老いた女の悲鳴、赤ん坊の鳴き声。様々な声が駅前に満ちていた。
「な……なんだ……これ……一体何が……」
ふと、まるで頭を鈍器で殴られたかのような痛みを襲う。思わず立っていられなくなりスロープの手すりにもたれかかる。激痛は一瞬ですぐに痛みが引いていく。頭の痛みが引くと共に駅を埋め尽くして居た悲鳴も消えていた。
「西条さん……大丈夫? すぐに救急車を呼ぶから少し……」
西条の正面に回り込んで表情を確認する。光を失った瞳に痩せこけた頬、長時間叫んでいたせいか唇の端は切れており血液と唾液が口から流れていた。
「先輩……そこにいるんですか……先輩……寒いです……」
西条が震えるように自分の肩を抱く。思わず西条の肩に触れると全く体温を感じることができなかった。
「もう少し頑張ってすぐに救急車を呼ぶから……」
西条に、あるいは自身に言い聞かせるかのようにそう口にしてから携帯を取り出そうとする。その手を西条が掴む。
「先輩……私、先輩の事……好きだったんですよ? 先輩は気づいて……無かったでしょうけど……」
彼女はそう告げるとそっと口づけをするように顔を近づけて、そのまま倒れ込んだ。
「なっ……今はそれどころじゃ……な……い……」
告白されたことや助けを呼ばなければと様々な考えが頭を巡っていたが、目の前の光景はその考えを消し去るには十分な衝撃があった。
目の前の西条の身体が透けて消え始めていた。そうして徐々に色は薄く、存在感を失っていき、最後には衣服だけを残して完全に消え去っていた。
一人で立川駅を彷徨っていた。既にどこへ行こうと人の気配は無く、無人の町と風で飛ばされる衣服だけになっていた。
駅前のロータリーでは多くの車が追突し中には炎上しているものもあった。度の車も中は無人で決まって運転席には衣服が転がっていた。
「何が起きてるのかわからない……誰か!」
とにかく生きている人に会いたい。まるで世界に一人取り残されたかのような不安感を拭いたい。その一心で駅前を彷徨っていた。
ふとポケットに入れていた携帯が鳴る。慌てて画面を確認するとそこには着信を知らせる画面が表示されていた。
『着信 父』
その画面表示を見た瞬間、思わず涙が出そうになる。時間にすれば一時間も立っていないのに他の人から連絡があったということだけでこうも嬉しいとは思わなかった。
「もしもし……」
応答ボタンをタップし電話に出る。疲れなのか、出た声はかすれ掠れだ。
「京介か、良かった。お前は無事だったのだな」
「お前はってことはやっぱりどこもこんな感じなんだ……」
「ああ、おそらくは全世界で同様の現象が起きているだろう」
父の言葉は正直受け入れたくなかった。全世界で人が消えたと考えるのが嫌だった。
「京介、今どこにいる?」
「立川の駅前……南口のロータリー」
「そうか、他に生きている人はいるか?」
改めて周囲をぐるりと見渡す。だが、やはり目に入るのは無人となった町並みだった。
「いない、僕だけだと思う……父さん?」
少し、時間を置いて父が話し始める。
「いいか京介、今から言うことをゆっくり聞くんだ。今からまっすぐピュクシス研究所を目指すんだ。そこからなら一時間もあれば着くだろう。そしたら警備用出入り口から中に入れる。いいね、警備用出入り口だ。」
「まって父さん、色々聞きたいことが……」
「すまない京介、ゆっくり話している時間が無くてな……この電話も長時間は……」
不自然な所で通話が切れる。見ると圏外表示となっていた。
「なんだってこう畳み掛けるように……」
愚痴を言っても何も始まらないが、口にしないと余計に気が滅入りそうだった。ただ、アテもなく彷徨うより状況は随分とマシになった。そう考えれば悪くないのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて研究所を目指して歩を進めていった。
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