一度終わった世界で
スズハラ シンジ
・プロローグ いつもの日常
開け放たれた窓から熱気が流れ込む。生暖かい風が頬を撫でる。東京とは言え夏の陽気は優しいものではなくじわじわと確実に体力を削ってくる。
外を見れば用務員のおじさんが打ち水をしていて、すぐ側の影になっている場所では猫が一匹涼を取っている。
「平和だなぁ……」
生徒会用に充てがわれた教室には空調が無く、日当たりの良さと風通しの悪さのせいでなおさら熱気が篭もるだけ篭って逃げていかない。結果、生徒会室で作業する生徒は自分一人きりとなっていた。
頬を垂れる汗を拭いながらキーボードを叩く。夏休み明けに行われる文化祭の準備は生徒会の仕事となっていた。その結果、生徒会役員は夏休み返上で登校しなければならなかった。
「それぞれのクラスに告知する内容はこれでいいから……」
プリントアウトした資料を一通り確認して行く。文章の内容がおかしくないか、印刷表示に問題が無いかを確認して行く。
「うん、問題ないかな……完璧……だーっと」
作業が終わった達成感と少しの疲労感を取るために軽く伸びをしていると生徒会室の扉がノックされる。そして、扉が開かれるとそこには背の低い女生徒――西条綾香が立っていた。
「会長お疲れ様です。えっと、新島先生がそろそろ資料が出来るだろうから様子を見てこいと……うわっすごい熱気」
教室の中に入ると西条はパタパタと手に持っていたバインダーで自身を扇ぐ。
「ほいほい、資料はもう出来ているよ。先生はデータで寄越せって言っていた?」
「はい、印刷自体は職員室で行うからデータを転送するようにと」
「わかった、それじゃ今転送するよ」
話しながらデータを職員室のサーバーに保存する。ついでに学内ネットワークを使って新島先生のパソコンへメッセージを送っておく。するとすぐに返信が帰ってくる。
「西条さん、お疲れ様。今先生からメッセージがあってさ。生徒会は本日の活動を終えて帰宅してもいいってさ」
「そうなのですか、やった。意外と早く終わったー」
西条と二人で生徒会室の後片付けを行っていく。退出時のチェックシートにチェックを入れながら施錠を行う。
「いやーごめんね、片付けまでお願いしちゃって」
職員室までの短い廊下で他愛のない会話をする。
「いいんですよ、私副会長なんですから!」
「副会長とは言え後輩の女の子だからねぇ……」
「そう思うなら片付けの必要が無いように最初から職員室で一緒に作業してくれるのが一番なんですけどねー」
個人的に職員室で作業と言われるとまるで悪いことをして反省文でも書かされている気分になるので生徒会室で作業をしていたのだが……
「大体学校に来ている先生も少ないんですから会長は気にしすぎだと思いますよ」
もう夏休みに入ってから何度交わしたかわからない会話を続けながら職員室の扉を開く。生徒会室ほどでは無いが少し熱気を持った風が流れてくる。
「新島先生いますかー」
職員室の中に入りながら奥の机に声を掛ける。目的の人物は熱気にやられているのかぐったりとしながら返事を返す。
「おー、碇に西条かー」
「先生……それ他の生徒の前でやらないほうがいいですよ?」
奥の机――新島先生の机にはぐったりと机に伏せながら手をひらひらとふる新島先生の姿があった。
「心配しなくても夏休み明けは空調が入るからな、さて施錠等は問題なし?」
「はい、最終確認も完了です。退出時のチェックシートと生徒会室の鍵、机の上に起きますね」
チェックシートと鍵を机の上に置くとふと職員室に置かれたテレビからニュースが流れてくる。
「えー、革新的なエネルギー開発技術を発見したとして正式に記者会見を行ったピュクシス研究所ですが……」
テレビにはレポーターとその後ろの大きな看板が映し出されている。
「おー、確か碇のご両親がその研究所勤めだっけか」
「ええ、新エネルギー開発を中心に研究しているはずですよ」
そう言いながらニュースに耳を傾ける。自分の両親の研究が認められた、賞賛を得ると言うことが無性に嬉しかった。
「本日午後に最終実験を行い、その後発表会を行うとして各国の著名な研究者などが集まっています……えー、研究所の発表によりますと既存のあらゆる法則を超える新たな理で動く新エネルギーの発見とされていますが――」
ふっと唐突に別の番組にチャンネルが変わる。見ると机に突っ伏した新島先生がリモコンを握っていた。
「おっと、悪いな。お昼のこの時間はこの番組を見ると決めていてな」
「親父ですか……さて先生、生徒会の本日の活動は終了したので二人共帰宅しますよ」
早く帰りたいのかそわそわしだした西条を横目に撤収報告の続きを行う。
「おー、二人共おつかれ様でした。これで夏季休暇中の生徒会作業も全て終了か?」
頭の中で夏休み中に行わなければいけない作業をリストアップする。そしてすべての作業が終わったと確信した所で答える。
「はい、これで全ての作業は終了です」
西条と二人で学校を出る。そのまま会話しながら駅前に向かう。
「あれ、先輩は立川でしたっけ」
「そうだよ、西条は家もこの辺だったか。ちょっと羨ましいよ」
学校は青梅にあるため通学に一時間掛かる。そう考えると地元暮らしが羨ましかった。
「そんないいものでもないですよ? この辺なにもないですし……」
確かに学校周辺にはカラオケやゲームセンターといった若者が遊びに行くような場所は無かった。
「そうだ、それなら先輩、これから少し付き合ってくださいよ!」
ふと西条がそんなことを言い出す。
「付き合うのはかまわないけどどこに?」
「ほら、立川に新しくゲームセンター出来たじゃないですか」
言われてみれば確かに新しくゲームセンターが出来ていたような。普段あまり行かないせいであまりよく覚えていないが。
「女の子一人で行くのもなかなかどうして勇気がいるのでよければ先輩が一緒に来てくれればな―なんて……」
なるほど、たしかに女の子一人で行くには少々ハードルが高いのかもしれない。それにどうせこの後予定もない。
「うん、いいよ。行こうか」
こうして、西条と立川へ向かうことにしたのだった。
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