第2話真澄

 結局、倒れた少年は潜在的な心臓病を患っていたらしく、急な激しい運動のため心不全を起こしたのだという。あの後救急車が来て少年を病院に搬送したが、すぐに息を引き取ったようだ。

 後日、学校では少年を追悼するため集会が開かれた。体育館には全校生徒が集まり、息苦しそうにしていた。

 生徒の中にはすすり泣いたり、嗚咽をもらしているものもいたが、佳子は名も顔も知らない少年に悲しみの念を抱くことができず、居心地の悪さを感じていた。

 授業の後、真澄の提案で私たちは喫茶店に寄った。真澄と佳子は家が同じ地区にあったため、一緒に帰ることが常であったが、下校の途中で寄り道をすることは稀である。

 店に通されテーブルにつき、二人ともアイスコーヒーを注文した。しばらくして二人分のコーヒーとミルクがテーブルに置かれ、一口すすった後、真澄が口を開いた。

「佳子、最近顔色悪いけど大丈夫?」

 真澄が心配そうな顔をして聞いてくる。佳子は真澄が寄り道を提案した時から、こういった質問がくることを予想していたが、回答を準備することはできなかった。

「平気、なんともない」

 そう言って佳子は少し笑って見せた。

「嘘ばっかり。学校でもほとんど口を開かないじゃない」

 真澄は得心がいかぬという様子で、組んだ腕をテーブルのうえに乗せた。きっぱりとした性格の真澄は、近頃の友人の具合の悪さを訝しんでいたが、その原因が判然としないことをよしとはしない。佳子は答えに窮していた。確かに疲れを感じていたのは事実であったし、悩みなどいくらでもあった。細かな煩悶の種は連鎖して、意味もない不安を感じていた。それらを形容して言葉に表すことが佳子にはできなかった。そして、目下最も佳子を不安にさせているのは、教室で見た影のことである。あの出来事以降目にしていなかったが、あの異様な場景はしつこく頭をよぎっていた。しかし、それこそ真澄に相談などできはしない。現実かもわからぬものの話をしたところで、真澄が信じてくれる保証はなかった。

「心配してくれるのは嬉しいけど、打ち明けるような悩みじゃないから」

「そう、ならいいけど」

 そう言って、真澄は飲みさしのアイスコーヒーのグラスをかき回した。納得はしていない様子であったが、佳子の複雑そうな表情を見て追及をあきらめたらしい。

 その後、二人はしばらくの間話し合って、それから店を出た。別れ際、真澄の気遣いに礼を言って、佳子は一人帰路についた。道すがら、佳子の気分は沈んでいた。友人の親切に答えられなかった自分に無性に腹が立った。また、自分のことでさえ上手く言い表せないことに情けなくなった。そうすると、路傍の石ころや道行く車、照り付ける日差しすべてが自分に異を唱えてくるような気さえして、佳子は周囲に敵意を示すように、足早に家へと向かった。

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