寄り添う影

@GANDYBOY

第1話夏

 あたりが白むような太陽の光が地面を焼き、生い茂った木の葉を焦がさんばかりの真夏の日であった。うだるような暑さのなか、クーラーのきいていない教室で佳子は英語教師の授業に耳を傾けていた。佳子の高校は地元でもそこそこ名の通った進学校であったため、クラスの皆は暑さを我慢しながら真剣に勉学に取り組んでいる。

 その中にあって佳子はやや伏し目がちな様子で、机の傷を意味もなく眺めたりしたり、時折黒板に視線を飛ばしては何を考える訳でもなく、視線を机に落としていた。というのも、この頃佳子は疲れ切っていた。この猛暑のせいや、体力の問題ではなく、思春期の青少年達が感じるであろう自身に対するとりとめのない不安のようなもの。真綿で首を絞められるような息のしずらさが、今の佳子を疲弊させていたのである。

 どこからともなく現れた一筋の白雲が、うっとおしく鎮座していた太陽を遮り、強靭な日の光が陰ったその時であった。

 ふと、佳子が顔を上げると、教室の黒板近くの片隅、先ほど四角く切り取られた日の光が射していた場所にぼんやりと黒い靄のような影が佇んでいるのである。その異様な光景に佳子は思わず声を上げそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。

 初め、それは幻覚の類と思い、じっと眺めてみたが、あまりに克明にその場にある黒い影を、幻と考えることは佳子にはできなかった。はっとなってクラスを見渡しても、奇妙なことに自身以外に影を気にかけているものはおらず、ただ一人その影と対峙している様子であった。

 佳子は自身の鼓動が高鳴り、自然と体が強張っているのを感じた。何故だかその影は、人の形をしてこちらを凝視しているようにも思えてきて、視線を逸らすことができなかった。

 ジー、ジー、と蝉の鳴き声がいつもよりも頭に響き、眩暈がして視界までもがぼやけてきた時、ふっと糸がほつれるように影が霧散してしまった。

 「ねえ、あれ見て」

 唐突に肩を叩かれて佳子は心底驚いた。話かけてきたのは後ろの席に座る友人の真澄であった。真澄は驚いてる佳子の様子には気づいていないらしかった。

 「誰か倒れてるみたい」

 真澄がそう言ってあけ放たれた窓に顔を寄せ、指をさしたのは運動場であった。体操着をきた生徒達が、なにやらものものしい雰囲気で集まり、倒れている男子生徒を囲んでいるようである。

 窓際の生徒たちも異変に気が付いた様子で、しきりに外の騒ぎを窺がっていた。佳子は先ほどの影のことを思うと、連続しておこった運動場の騒ぎに、素直な野次馬感情を抱くことができず、あたかも自分が渦中にいるような嫌な気がしてならなかった。

 ざわつき始めた教室に教師の叱責が飛び、皆何事もなかったように静まりかえったが、そとの騒ぎは続いていた。

 いつのまにか空はえんじ色に染まり、暴力的な日差しはなりを潜めて宵の時刻が訪れようとしていた。

 

 

 

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