久々はほんの数時間
グゥン、とどこかに放り出されたような軌道を描いて、俺は白い床に着地した。
久々に見る
『二時間しか経っておらぬ』
「――え?」
俺は背後に感じた気配に振り返る。そこにはタナトスと似た、しかしやや小ぶりな鎌を担いで物憂げに立つ死神がいた。
『爽は助かるまい……可哀想にな』
「そんなッ」
『我々も最大限努力はした。お前だって、俺の知る限り唯一の事例の当事者として魂と肉体の接点を探すという海の中から針を見つけるような挑戦をした。口吸いが出来ないとなれば、この子は死にお前は正式に部屋付きの死神となる。……元の鞘に収まるというべきか。そう思って自分を慰めるしかあるまい』
「そんなぁッ――」
ふっとそよ風が頬に当たった気がした。
『どうした?』
死神の声が段々と遠ざかっていく。ぐんぐんとどこかから引っ張られている俺は、その感触に懐かしさと悲しみが付随しているのを確かに認めた。
(だれ?)
『爽には悪いことをした……』
「おじさんなのか?」
『爽には悪いことをした……』
「なんとか言えよ!」
『爽には悪いことをした……』
これが怨霊化寸前の魂かと俺は恐怖に震えた。鎌で魂を狩ろうとしたが、エイと振りかぶったそれに粘着質の何かが絡まって動きを封じられる。
『大丈夫か!』
死神が追ってきたようだ。爽の父親らしき魂で怨霊化しつつあると告げると、死神はキッと唇を結んで、小ぶりな鎌を小刀に変化させ、それを俺の背の方向に突き出した。タナトスから聞いたことがある。鎌で狩れない魂は損傷させて消すしかないが、そうされた魂は二度と輪廻の輪には戻れない、と。
『――爽には悪いことをした……』
『なんだと!』
死神の渾身の一突きが、効かなかった。それだけではない。
『こいつ、魂ではない、思念だ』
「思念?」
『手応えが全くない。これは鎌と相互作用する類いの事象ではない』
俗に”生霊”と呼ばれるものは大概これだと死神は言った。魂は肉体と離れてはおらず、しかしまるで死者の魂が起こすような現象を起こせるモノ。
『後継者が見つからなくて平安時代からやってる俺の同僚が、所謂”六条御息所”のような事例に関与したとき、これと同じ現象があったと聞いた。怨霊だと思った陰陽師の要請で出向いたが、実際は怨霊ではなく生ける人間の強い思念で、彼は結局それが
六条御息所と聞いて身体が震えた。源氏物語で恋敵を殺した女性ではなかったか。
「俺はどうすれば」
聞こうと思えば、死神は俺を追うのを止めた。
『健闘を祈る』
――祈られても、困る。俺には爽がいるんだ――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます