再び
走るうちに、同じところをグルグルと、森で迷ったかのようにうろついているのではないかと思い至った。自分が知らない土地ではどこも同じ景色に見えるように、忘れた記憶を辿るときも人は迷うのだと知った。
そう思えるようになったのも、自分が記憶を少しづつ思い出しているからだ。
弁が切られたように俺は今も思い出している。小学校三年生の夏、お互いに友達が少なかった俺たちは毎日のように公園の片隅で、川べりの目立たないところで遊んでいた。異性といることがさらに集団のなかで異物感を増していることに気づいても、俺は爽と一緒にいることを止めなかった。集団に溶け込むことへのメリットを全く感じられなかったから。
そんなこんなで、チャンバラをする同性と距離を置き続けた結果、コミュニケーション能力が著しく低い思春期のガキが出来上がってしまった。他人との摩擦も疎外の経験もなく、いや実際にはあったのだがあくまで一人なのは自分の意思だと思い込んで自分を洗脳して、悪意への耐性を低いままにしてしまった俺は、大切な人が強烈な悪意に曝されたときになにもできなかった。
まだ膨らんでもない胸をあらわにされ、指を股間に入れられては苦しげにあえぐ人を、俺は立ったまま見つめていた。それでも爽は泣かなかった。俺がそれに耐えきれる人間ではないことを見抜いていたのだろう。
そしてあろうことか俺は、第一の被害者である
そんななか、母親が世間話の一環として持ち込んだ噂の意味が、今となってはわかる。
『佐藤さんちの娘さん、父親に勘当されかけたんだって。男と関係を持ったとかで激怒したらしいけど、あのお嬢さんに限ってそんなことありえないよねえ』
母親が父と話していた言葉を、俺は聞いていた。”関係を持つこと”が”激怒”に値するなら自分はとっくにあの一家と絶縁していなければいけないのに、自分は爽と手を繋いであの父親と仲良く歩いていたではないか、と思った。
爽は幼少でありながら貞操を守れなかったとして、業界でも酒の誘いを断る禁欲的な人物として知られていた父親に嫌悪され、それが長じて虐待になった。今になったらわかることだ。
すると、俺は佐藤
もしその仮定が正しいなら、俺が生きることは害悪にしかなりえない。――それでもタナトスやあの声は生きろと言う。
なぜだろう……。
まだ思い出せていない事柄があるに違いないが、堂々巡りでなにも浮かばなかった。
――その時。
『想い人の元に戻してやろう……我らの苦労も虚しく、奴は死にたがっている。側にいてやれ』
その言葉の意味をちゃんと理解する前に、俺は強い遠心力に振り回され、上も右も分からぬままに違う時空に飛ばされた。
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