二日目

 目覚めたら悪夢の中にいた。相変わらず、俺は死神のままで、爽という女性のカーテンに囲われた湿っぽい一室のなかに囚われていた。


 タナトスから譲り受けた鎌と、様々な管に繋がれた患者を見て、これが現実であることを否応なく認識する。


 彼女の見舞いはなかった。むしろ、見舞いに来るべき人間には嫌われている可能性があった。彼女の父親、佐藤翔琉は、仕事関連の人間にも暴力を振るっていたのかもしれない。


 身じろぎするのも躊躇われ、俺は息を止めていた。ふと、距離を保っていれば爽の体調が悪化することもあるまい、と鎌を地面にゆっくり押し付ける。俺の慎重さを鎌も感じたのか俺の身体は意図した軌道に乗り、そのままピン止めされたように止まった。


 中空から見る爽の顔は穏やかだった。タナトスの言う、苦しみを抱え死神に狩られるのを待つ魂がここにあるとは思えなかった。


 ――ここにあるとは思えない?


 自分で自分の思考に戸惑う。俺は確かに爽の魂を身体に返したはずなのに。幸せにするという俺の言葉をわかってくれたんだとばかり思っていたが……?


 俺は爽と相対した時を思い浮かべる。次に、うつつに来た時の自分が見た光景をまぶたの裏に再現してみる。


「……あ」


 二つの空間には決定的な違いがあった。重力の有無である。


 俺は夢想の中にいたとき、爽と相対していたとばかり思い込んでいたあの空間は、気味悪い悪意に満ちていたが足が地面についた。対して、死神の部屋からこちらに来るとき、俺は浮遊していた。我を失いかけたほど無重力に晒され、どこからか聞こえる声の主に導かれ光に辿りつけた。


 人が想像できるものは実現できる、という言葉を聞いたことがある。裏を返せば、人間の想像は所詮現実世界に即して作られるということだ。俺が見ていた爽が、俺の作りだした想像だったら、タナトスの言うことと現実の辻褄が合う。


 つまり、本当に俺が、彷徨える魂としての爽と、現と冥界の狭間で会ったのなら、それは無重力でなければいけないということだ。


 ――爽はまだ、彷徨っている。一人でどこかを。


 その考えに思い至った途端、病室の一角から俺は放り出された。あの、無重力の空間である。


『やっと気づいたか、人間風情。待ちくたびれたぞ』


 あの声が聞こえた。

 

「あなたは?」


『お前が死神の後継となりえなかったお陰で上の部署から左遷されてきたモンだ。多くは語らん』


 死神にも左遷があるのかと感心している場合ではない。声の言葉に引っかかる。


「俺は、死神じゃないんですか? 人間風情とか死神になりえなかったとか言ってますけど」


『当たり前だ……って聞いていなかったのか?』


 初耳にもほどがある。詳しく聞きたいと思ったが声に躱された。


『そんなことより、そろそろこの空間にも慣れたころだろう。想い人の魂を探せ。三日後までに見つからなければ爽の魂は怨霊化する』


 俺は空を蹴って駆けだした。

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