死神はなにも食べない。睡眠をすることもない。ただただ魂を狩る日々がこうも続くと、さすがに退屈になってくる。


 それに加え、よくわからない夢まで見せられては、ながれはだんだんと自暴自棄になっていった。


 死神として人外のものに成り下がった以上”生きている”とは言い難く、単調な日課から一向に解放されず”死んでいる”とも言えない。生にも死にも実感がなくなると、人は狂う。そして傷つける。


 爽の生への恨みと死への憧れを知った琉は生きることも死ぬこともできず精神を病んでいく。今や死神としての仕事は専らタナトスが行い、琉はただその傍でうわごとを繰り返していた。時折暴れるため呪具で動きを封じられているが、発作を起こせばその呪具すらちぎれるのではないかというほどの強い力を放った。


「これはいけない」


 タナトスが慌てて手をとめて琉のもとに駆け寄る。そのしぐさは心なしか大仰で、目の下には薄い隈が浮かぶ。


「離せ」


「……封じよ」

 

 タナトスは琉には取り合わず静かに琉から意識を奪った。この術をずっと使っておけば手を煩わされることもないのだが、タナトスにはそうするだけの力がなかった。いや、奪われたといっていい。他ならぬ、琉にである。


 死神には、世代交代がある。


 眠る琉を見てタナトスが思ったのは、名跡”タナトス”を先代から継いだ日のことである。まだ人間だったころの彼は兵卒だった。補給もないままジャングルを行軍し、感染症にかかり死んだ。せめて戦って死にたかったと彼は深い苦しみを抱いたまま魂になり、やがて死神の素質ありとタナトスに拾われた。


 そして彼は、全く死にかけていないにも関わらず「殺して」と訴える少女の魂に会った。


 そのときの彼は、まさしくこの琉のようだった。なぜ人間は生きねばならないのか、なぜ自分は人の魂を狩るのか、わからなくなってしばらく狂乱状態になった。


 そして目覚めたら、先代のタナトスは死にかけていた。弟子にした魂が狂い無事に正気を取り戻すと、先代は”死に”新しく死神が生まれると言った。そして時代を下るにつれ狂った魂はなかなか戻らず、神力だけ吸われて跡継ぎを作れない死神が増えているとも言った。


『今日からお前は立派な死神だ』


 しわがれた声がこだまするのを、彼は喜びとも悲しみとも言い難い感情で受け止めた。


 なぜこんな世代交代の制度があるのか、今いる死神の中でもわかる者はいなかった。ただ、ずっと前からあったことは確かなようだった。


「……ふう」


 タナトスは仕事に向かった。魂を狩る腕が落ちているのを肌で感じた。


 死神の今後を思うならば、早く跡継ぎを作らなければならない。しかし、彼には琉を生かさなければいけない理由があった。


「死神のなり手が少ないからって、よそから人材を奪うなよ」


 琉は、長い死神の歴史においても稀に見る、人を救うことに長けている”英雄”の星に生まれた人間だった。

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