爽
死神任務も板についてきた頃、俺は妙な白昼夢を見るようになった。
重い鎌の扱いにも慣れ、確実に魂を無害化する手立ても学んだ。だからもう、無意識に仕事は遂行できる。そんななか、死のイメージとは裏腹な真っ白な壁に、ある見慣れた人の、見慣れていない表情が浮かぶ。
佐藤
カリスマミュージシャンの一人娘は難病で、父親である翔琉が看病していると聞いたが、どちらも嘘だろう。難病で痩せている娘を、よく見ればあんなに埃が溜まっているではないか、あんな不潔な場所に俺なら置いておけやしない。
妻は、爽の母親はどこにいるのだろうかと見渡した。荒れたテーブルの上に、乱雑に置かれた紙があった。
『私は出ていきます。どうぞご勝手に』
置き文に別れの文句があった。佐藤翔琉は、この時期妻と、少なくとも別居状態にはあったらしい。テレビではおしどり夫婦と騒がれていたが、果たして事務所の圧力があったかどうか。
なにか音がしたのだろうか、壁に映る女の子がビク、と肩を震わせた。
大股で床に散乱した雑誌やお菓子の袋を乱暴に蹴り上げながら、
「……いやッ」
小さく呟いた。彼女のささやかな反抗だった。それは大の男の手によって醜く潰された。
「誰が食わせてやってると思ってるんだ」
低い声で我が子を脅す彼に俺は戦慄する。
「……そうか、生きるのが嫌か。父さんの仕事を邪魔し食い扶持を奪うのに耐えかねたんだな。そうかそうか。お前はよい子だ。ならば、死ね」
ぐいと突き出されたのは果物ナイフ。そのナイフを持つ翔琉の手は小刻みに震えている。このころから薬物が翔琉の身体を冒していたのだろうか。
「ひッ」
死より苦しいこの世の闇だった。誰よりも死に近いところにおりこれ以上ないくらい死を裁いても、慣れることができないだろう類いの恐怖だった。俺は思わず仕事の手を止めていた。白昼夢も途切れている。
映像は見なくなったが、我に返ってから数分もすると、
『殺して……』
――
『殺して――せめて琉に殺されたい』
思われて死ぬならそれは”幸福”だという意識が琉に流れ込む。琉は、勝手に想い人であることを公言しただけで関わりの薄いはずの”お屋敷の令嬢”が、十年前から自分を認知していたという不思議に、とうとう気づけないままだった。
その次の日も、琉は痛めつけられる爽の映像を見た。そして気を失い、爽の怨念とも呼ぶべき鎖に身を任せるのが恒例になった。その間の仕事はタナトスが行った。彼は言った。「この試練にこの子は耐えられるかね」と。
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