見習い
やたらめったら口うるさい上司に仕えていたらこんな気分になるのかと思うと、就職なんてしたって不幸じゃないかと思ってしまう。
ふわりふわりと壁から浮き上がってくる
鎌の角度が悪い、振り下ろす初速が悪い、挙句に腰が入ってないと謎のスクワットをやらされたりもした。死神に体力なんているのかよ。ストレスの溜まる死神業にイジメがいのある見習いが来てさぞかし嬉しいんだろうなと俺は思った。
そのくせすぐに部屋を出ていってしまう。タナトスは死神の中でも重役を任されているとかで、会議に監査に忙しいらしい。ただの会社じゃねえか。
そんなこんなで俺がこっちに来てもう三日になる。やる仕事と言えば魂狩りだけだし、幸いなことに魂狩りしなきゃいけない危ない魂に会わないこともある。そんなときが二時間も続けば暇で仕方がない。だからといって、手を抜くわけにもいかないのだ。ちゃんと狩れずに残ってしまった魂は、やがて怨霊化してしまう。どんな小さな魂でもこちらの世界では同等の価値を持つのだと教えられた。
『ここ……どこよ』
気の強い女性風の魂がしゃべっている。彼女はやがて俺に気づいた。
『……あんた、答えなさいよ! これはなんのドッキリ? それとも嫌がらせ?』
「どちらでもないね」
イライラしながら俺は答えた。意識があるうちに魂は狩れない。早く意識を失ってくれ。
『それ、なによ』
女は俺の鎌のことを言っているようだ。
「見りゃわかるだろう。死神の鎌だ」
恐れるかと思った女は、声のトーンを上げて喜んだ。
『マジ? 生きてる間に本物の死神の鎌見れるとは思ってなかったぁ!』
うっとうしい。生きてる間にもくそもあるか。お前は死にかけだ。それもここに来るくらいには危ない魂だ。とっとと俺に仕事をさせろ。
『死神クン、あんがとねぇ』
間延びする変な声で、女の魂は壁に消えた。
「しまった」
魂狩りし損ねたのかと思い、慌てて首元の笛を手に取る。しかし笛は紫に光っていない。
「よくあることだ、エマ」
タナトスが来ていたようだ。
「どういうことです?」
「人間の魂だけが、ここに来て帰ることがある」
「それまた何故?」
タナトスは苦笑した。
「さあな。踏ん切りでもつくんじゃないか?」
よくわからないが、これ以上舅上司に絡むのも面倒だったので、仕事に戻るふりして話を切り上げた。珍しく、タナトスが寂しげな雰囲気を発していた。
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