宝石売り
宝の石とか言われる宝石。最近同盟国を増やした或る国に宝石輸入ブームが訪れた。“そこらへんの石ころ”に価値を見出している同盟国が出来たからだ。国民のうち、新しい物好きな若い女性は直ぐに其れに飛び付いた。取り分け、珍品とされる虹色に光る大きめの宝石は人気であった。そして瞬く間に若い女性の間でステータスシンボルとなっていった。
伝手のある商人や、同盟国まで仕入れに行ける程体力のある若者は宝石商りを始めた。ただ、多くの人は流行が廃れたら元の商売に戻るつもりでいた。軈て彼らの予想通りブームが落ち着いた頃、仕事の宛が無く宝石売りになった者だけが在庫を抱えて残ることとなった。
「えー、宝石は要りませんかね」「あーもう買ったよ要らんよ」「そこをなんとか!」
そんな会話が宝石売りの暮らしている地域でよく聞こえてくる。ある地域ではそこの宝石売りは、“宝石押し売りのお兄さん”と呼ばれるようになった。
「仕様が無いわね、1つくらい買ってやるよ」最初はそんな同情で買ってくれる中年女性もいた。「まあ、娘に」や「彼女に」と買う男性もいた。男性は其の後、贈り相手に「わかってない」と拒絶されるが宝石売りは知らない。当然、同情募金が続く訳が無い。しかし宝石売りは“宝石押し売りのお兄さん”という人生で初めて得られたアイデンティティーを棄てる勇気が無く、唯々押し売りを続けた。然うして徐々に好感も信頼も喪失していった。
“宝石押し売りの中年”は今日も彼の暮らすまちで宝石を売ろうと声をかける。彼にはもう宝石を売る気は無い。声をかけることだけが彼の存在意義なのである。
「ママ、あの人だれ?」「あれは石ころを押し売りする人よ」
「ママ、あの人だれ?」「あんなの無視しなさい」
「ねぇそこのお嬢さん、宝石1つどうですか?(ヘラヘラ)」
ショートショートの成り損ない。 空気 @Rabi10090314
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