ニジゲン⇔ゲンジツ

のぎVer.2

夢のゲーム

『今日は、話題沸騰中の新作ゲーム。電脳世界の発売日です!電脳世界の予約数は全国で1000万を上回り、初日の━━』


 テレビから流れてくるニュースを聞き流しながら、黒崎楓は急ぎ目に出掛ける準備をしている。普段なら家で寝ているか、ゲームをしているかのどちらかなのだが、最新ゲームの発売日で予約もしているとなれば、行動力は段違いだ。


「母さん、行ってきます。」

「行ってらっしゃい、夏休みの宿題はちゃんとやりなさいよ。」


 夏休みの宿題なんて最終日にやればいい。

 高校生にもなってこの考えはどうかと思うが、今更変えられる気もしない。

 勢いよくドアを開けると夏の日差しが玄関に差し込む。アパートの階段を一段飛ばしで降り、自転車にまたがって一気に住宅街を走り抜ける。

 いつもなら鬱陶しく聞こえる蝉の鳴き声も、工事の雑音も、ゲームの事で染まっている楓には気にとまらない。

 少しして大通りにでると目的地のデパートが見えてくる。楓のテンションは最高潮まであがり、スピードを更に上げる。駐輪場に自転車を乗り捨てるように置き、デパートの中へと入っていく。

 入った瞬間に冷房の涼しさを感じるとともに、ふたりの友人が見える。


「楓、遅い。予約列ですら人で溢れているそ。」


 少し威圧したように言ってきたのが 新井 拓磨 いわゆる天才ってやつで何事も卒なくこなす。幼い頃からの友達で 本ばかり読んでいる。拓磨にゲームを教えてからゲームを好きになったが、成績が全く下がらない。


「まぁまぁ…3人で並んでいればすぐ私達の番までくるよ!それにしても楽しみだね!」


 やわらかい調子で話すのが如月 弥生。高校で拓磨と2人でゲームをしている時に話しかけられてから3人でゲームをしている。今となっては珍しいメンツと言う訳でもなくなっている。





 3人は1時間位待ったあと、夢のゲームを受け取ることができた。全員が隠しきれない興奮を抱きながら、思い思いのことを口にする。

 デパートから出て外の熱気が押し寄せてくるが、それ以上に3人は熱気を帯びている。帰り道を来た時よりも速いスピードで駆け抜け楓の家へ行く。


「ただいま。今から2人とゲームするから。」

「貴重な夏休みをゲームで終わらせるんじゃないよ。」

「わかってるって。」


 親との会話を強引に終わらせ、そのまま楓の部屋へ入る。拓磨と弥生もお母さんに挨拶してから後に続く。3人は部屋に入るとすぐさまビニール袋から、サッカーボールが一個入るくらいの大きさの箱を取り出す。

 白で無地の箱には、電脳世界。と、ゲームのタイトルだけ書かれているが箱のデザインなんてどうでもよかった。

 3人は手を汗ばめながら箱を開ける。


「あれ…?」


 思っていたことは皆同じだろう。両腕、両脚に着けると思わしきバンドと、ヘルメットらしき物が管で繋がっているだけで、あとはコントローラー型のスイッチが入っているだけなのだ。

 3人は装置をまじまじと見つめ、少し困惑した様子で中から取り出す。箱の中身は既に空っぽで、説明書のひとつも入っていない。

 少し重いと感じる装置も、持っているだけでは仕方がないと判断した拓磨は、腕から装置をつけ始め二人もそれを見て装置をつけていく。


 3人は装置を着け終わると最後にスイッチを持ち、静かに息をのみ…そして……押した。

 チクタクと進む時計の針は丁度12時を指していた。




 意識が飛んだと感じる間もなく、3人は電脳世界へと来ていた。ゲームでよく目にする、いかにも城下町というところに居る。石や木で出来ている家や、遠くに見える野原、そして目の前を通る人や馬の動き全てが現実そのもので、ここはもしかしたら現実ではないかと疑いたくなるほどである。

 呆然と辺りを見回していると、ひとりの男がこちらに近づいてくる。


「君達は初心者プレイヤーかな? まぁ、見た限り装備品も特に無いし多分そうだろう。」


 いきなり話しかけてきた男は、ひとりで勝手に説明を進めていく。


「この世界は見た通りのオープンワールドだ。最終目標は特にないが、クソゲーだとは思わないでくれ。君達は他のゲームと違って全身でスリルを楽しむことができる。敵との戦闘だって一味も二味も違うわけだからな。」


 楓はこの男はゲームのキャラクターなのか、疑いたくなった。体の動きの細部までまるで人間のように動く。

 この世界にいると現実が分からなくなりそうで怖くなる。


「さて、君達はこれから自由にこの世界を楽しむわけだが、初心者にピッタリの剣をやろう。」


 両手を出し、剣を受け取る。腕に来る重みからこれが本物の剣だと感じる。あまり持ち歩きたくなる重さではなかったが、装備品なのだから仕方がない。


「それじゃあ、またどこがで会ったら話しかけてくれよ。」


 コンピューターなのだから会うことはないと、内心思いながら彼のことを見送る。そして、ここからが本題へと入る。


「これからどうする?」

「やっぱりさ!ゲームの醍醐味って戦闘だよね?」


 戦闘…この単語を聞くだけで体がゾクゾクしてくる。

 弥生は嬉々として話し続けている。その様子を見て、楓と拓磨もすっかり戦闘モードになる。


 楓は左腕に、いつの間にか装着されていたスマホのような物にタッチして、それを起動させる。

 地図のアイコンを見つけ、今いる場所を確認する。東の方角にナスノ平原と書かれた場所を見つけ、そこに向かうことにした。

 その奥には森林があるようだったが、そこまで行ける強さは自分らには備わっていないだろうという結論に至る。


 そんな事を考えながら、古風かつ洋風な街道を歩く。その感覚は現実世界そのものだった。賑やかな街道を抜け城門の近くまで来ると、少しずつ緊張と興奮が高まっていく。


 城門を抜け、街の外へ出ると、若葉の香りを乗せた心地の良い風が流れてくる。辺り一面青々とした草原で、ここまでを見ると美しい風景なのだが、そこにはゴブリンの姿と、それに応戦するプレイヤーの姿が見える。


 3人は暇そうなゴブリンを見つけ、一斉に近づく。ゴブリンのそばに来て分かったのが、緑と黒を混ぜたような体色に、2m程の身長。筋肉より脂肪が多く、定番とも言うべき気の棍棒を持っている。

 初の戦闘で流石の楓も震えている。拓磨も怖気付いていたが、弥生は戦意喪失と言った感じだ。


 ふぅ…と一息つき、楓は先陣を切り、一気にゴブリンと間合いを詰める。ゴブリンは左手で持った棍棒を振り下ろすが簡単に見切り、左へ体を傾けてかわし、振り下ろした事で隙を生んだゴブリンの右脚を剣で思い切り刺す。


「よし!行ける!」


 もう一度切りつけようとしたが、ゴブリンはうめき声をあげながら、片膝をつき、怒りに身を任せ棍棒を横にはらう。

 楓は一瞬油断をしていたせいで、回避が遅れる…咄嗟にガードの体勢をとるが、とてもじゃないが受けきれない…あと少しで攻撃が当たるという所で、拓磨が間に入り、剣で弾き返そうとするが、簡単に飛ばされてしまう。

 そこへ、ワンテンポ遅れて弥生が戦闘に参加する。後ろから確実に、ゴブリンの心臓部を突き刺す。ゴブリンの体力が無くなったのか、うめき声をあげながら、その場で消滅する。


「楓…油断してんじゃねぇよ…最初の敵とは思えないほどの攻撃力だったぞ。」

「すまん。でもあれだな、ゲームだから身体能力は上がってるっぽいな…もし変わってなかったらと思うと…。」


 現実ではゲームばかりしている3人だ。もし、そのままの戦闘力ならなす術なく殺られていただろう。


「…どうする?このままレベリングする?」


 弥生は、既に慣れたと言った様子で話している。

 こうしてこの草原は、プレイヤー達のゴブリン狩りの場となって行った。



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