藤堂大介は不良である(仮)

坂本Alice@竜馬

第1話「藤堂大介は模範生である」


 少しだけ涼しげな空気が漂う洗面所。

 俺の肩から上を映し出した鏡を見ながら、前髪を整えて眼鏡を掛ける。

 そして最後に、ニィっと口の端を吊り上げて凶悪な笑みを浮かべる。


「………兄さん、それとんでもなく不気味だからやめた方がイイヨ?」

「俺もそう思ったところだ……… はぁ…」


 得てして、どうにも笑顔というものが苦手な俺であるが、別に表情が固いと言うわけではない。言ってしまえばよそ行き、いわゆる作り笑い、アルカイックスマイルというのが致命的に下手なのである。


「もう無表情でいれば良いよ、無味無臭のモハンテキなユートーセーじゃん」

「優等生が棒読みなのに深い意味は無いと思いたいな」


 俺こと藤堂大介は現在、入学式前の準備中なのだった。

 度を抜いたダテの黒縁をクイっと押し上げて、洗面所をあとにする。

 朝飯ももう食ったし、持ち物も全部持った。

 真っ黒い髪の毛にはいまだ違和感しか感じないが、その違和感にも慣れてきた。


 なんで違和感に慣れちまうんだよ、違和感を払拭しろよ俺。


「大介、準備できたんなら早く行けよー?」

「へーへー行ってきますよ、こんな早ぇ時間から学校行くとか小三ぶりだな…」


 リビングでのんきに新聞を読んでいる父が、眠気混じりの声で言う。

 畜生と呟きながら頭を掻き、玄関へ向かう。

 開け放ったドアから少し冷えた外の空気が入り込み、弟の彩希アキがうわぁと嫌そうな声をあげた。


「外、寒っ。コート着ていこっかな」

「バカ、これくらいで寒いだなんだほざくなっての。春先なんてこんなもんだ」

「もぅ… 脳ミソまで筋肉の兄さんには分かんないよーだっ!」


 べーっと可愛らしく舌を出して部屋へ駆けていく彩希は、とても中学一年の男子には見えなくて、顔はどうみたって女の子だ。それも美少女と言われる類いの。ただ、たまに傷なのは、自分の可愛さを十二分に理解していてコテコテの女装癖だってことだ。

 流石に制服は男子の学ランだが、まあ彼シャツ彼パーカーよろしく、ダボっとした詰め襟を着た彩希はどうしても男装をした女の子に見えてしまうのである。


「おら、早くしろよ。乗せてってやんねーぞ、俺まで遅れちまうだろうが」


 チャリを最近ぶっ壊しやがった彩希の送り迎えは、基本的に俺のママチャリの荷台である。

 まだ来ねえのか、と考えながらポケットに手を伸ばし、そして虚空を掴んだ俺ははっと気がつく。


 そうじゃん、今タバコ持ってねえじゃん!


 くぅ。悔しげに歯を食い縛った俺は、自転車のペダルの上で貧乏ゆすりを始める。

 タバコも喧嘩も、脱不良を志した俺にはもはや無く、ストレスの解消法が見つからねえ。―――――そうだ甘いものを、あれだリープル飲もう。


「あー彩希ー! ついでに冷蔵庫からリープル三パック持ってきてくれ!」

「え、なんでリープル!? めんどくさーい」

「いいじゃねえか、甘いものが欲しくなった」


 リープルとは給食とかによくでる牛乳パックみたいなサイズの紙パックで売っている、黄色いデザインが目印の甘い乳酸菌飲料である。

 我が聖地、高知県にしか売ってなく、他県のやつに聞くと「なにそれヤクルト?」って言われる。ちなみにそいつは殴った。ヤクルトと一緒にするんじゃねえ、無知は罪だ。

 たいていコンビニとかで売ってるのでお手軽サイズ81円(税込)。

 

「ほら持ってきたヨー」

「さんきゅ」


 白いプラスチックのストローをぶっ刺してくわえる。

 

 ああ、このなんとも言えないフルーティーな甘み。


 口寂しさが癒えた気がした。

 後ろに彩希をのせて、ペダルへぐいと体重をかける。


「いってきまーす!」

「んー」


 元気な彩希の声に対して、やっぱり眠そうな父の返事が家に響いた。

 




 ◆





 入学式は順調に進んだ。

 描写はしないのかって? そりゃお前、延々長々とハゲの学長センセーのありがたーいお話を垂れ流すだけの光景を見たいか?

 え、見たいの? なら別にいいけど。俺は言わんがな!


 そして今現在は教室にて談笑の時間である。

 クラスは1-B、こいつらがこれから一年世話になるナカマってやつだ。ナマコじゃねえよ、桂浜水族館のふれあいコーナーにでも行ってろ。

 ちなみにあそこのナマコ、糸は吐かねえらしい。俺は近づいただけで吐かれた。ペェッ! ってな。


 さーて、そろそろ俺もオトモダチってのを作るとしますか。

 真の優等生は、成績だけでなく交遊関係も良好だ、とは俺の持論である。


 狙い目はどの辺だろうか?

 コテコテのパリピ組? ないな、あれじゃ不良となんら変わらねえ。

 んじゃあリア充感醸し出してる美男美女組か? いや、あれもない。俺が浮いてしまう。

 デュフフとか言ってるオタク組……も無いし、眼鏡ともっさり率が高い陰キャ組も無いな………。


 え? 入れそうなところなくね?


 なんで普通で健全なTHE・高校生みてえなのがひとりも居ねえんだよ。

 あれか、ここって個性がねえと入れねえ特別クラスかなにかなのか? 雄英高校なのか? ヒーローなアカデミアなんだろうか。


 ちなみにこの辺の知識はそういう系の友達が出来たときのために、話題で困らないよう予習をしてきたのだ。

 彩希や母には「無駄なとこでマジメ」って言われた。いや、以外と面白いんだぞコレが。

 ワタシが来たッ! なんつって。


 ていうかそれどころじゃねえ。

 やべえぞ、このままじゃ不良のころと変わらねえじゃねえか。

 三年間友達が一人もいねえとか、また姉に「一匹狼(笑)」とか言って馬鹿にされてしまう。

 くそ、まずは話し掛けてみよう。笑顔を心がけろ、男、藤堂大介行きます!!

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