第2話

 俺はそれから人里離れたところにいた。最近ではこうやって物思いにふけることが少なくなっている。空腹を感じほかの獣の姿が見えるともうダメだ。気づくとお腹は満たされており周りには食べかすがあるのだ。俺は思った。きっとそろそろこうやって人間のように後悔したりものを考えたり、



「こうやって話すこともそのうちできなくなるんだろう」




 声に出すが余計に寂しくて、苦しくて。誰も聞くものがいないことに気づかされる。どうしようもなく寂しい時、俺は山を登り崖に行く。月と山の景色がまるでファンタジーの世界のようで、人間であったならこんなところに登れなかっただろうと思うのだ。だけどもこの姿ではスマホも持てなければ、シャッターも押せない。頑張れば押せるか?でも以前のようには撮れないからこの目に焼き付ける。まぶたをシャッターにして。








 〇〇〇〇〇〇





「ここですか?トラを見たというのは」


「そうそう!ここです!!話してたよね?」


「でもがおーって襲って来て、本物だと思ったよ?迫力すごくてほんと怖かったー」




 あっという間にその話は世間を騒がせた。どこの動物園からもトラは逃げ出しておらず、言葉が話せるトラ、涙を流すトラ、河原で騒動起こすトラの着ぐるみ男、誰かのペット。さまざまな噂が飛び交った。本当に人間がトラになったのかもしれないと話す人たちももちろんいたが、周りはファンタジーの世界だと笑うだけだった。だがこの男は彼を探していた。





「襲われてなんかないのに」




 スマホでネットニュースを見ながら森の中を進む。リポーターに答えている友だちに呟いた。映像が切り替わりトラの写真が大きく映ったところで電波が切れた。地元の人たちからは危ないからやめろと言われたが強行してここにいる。消えたトラはどこかに隠れている。トラを探して捜索隊が周辺一帯の森を探している中、単身この男は進む。





 正直忘れていた。大学時代の友だち、かっこよくてクールだが笑うと幼くなる彼。そんな自分が好きではなく、たいてい彼と撮った写真はむすっとしていることが多い。ライバル視されていたのも知っている。だがどちらかというと憧れていたのは自分の方で、素直じゃない彼はよく勉強を教えてくれた。かなり遠回しだったが。写真の趣味が合い仲良くなってようやく彼の友だちになれた気がした。


 僕はお前が思うほどいいやつじゃない。優しくもない。





 そう思いながら彼は山道を進む。元々山の景色が好きで山登りをすることが多い。





 会えないと思っていたが草むらで息を飲む。


 トラだ。



 確認のしようがない。


 また前のように喋ってはくれないか、そう思いながら一歩近寄る。




「来るな!!」



「待て!行くな!!」




 とっさに叫んだ男にトラは身を隠しただけですぐそばにいた。顔をこちらに向けないが声は発した。




「危ないところだった。わかったからお前もそれ以上こっちに来るなよ」



「やっぱりお前なんだな?」



「ああ、俺のようでもう俺じゃない。どうしてかは俺にもわからない。もう放っておいて欲しい、捕まって死のうが狩りができず死のうが、獣になるのは確実だ。もう人間には戻れない」




 一気にまくし立てる。


 男は無言でスマホを使い彼の言葉を録音をする。準備していたことだ。トラは、トラになった男は全く気づかない。




「そもそもお前はどうして俺を探していたんだ?」



「あの時僕が見つけなければ、話をしなければもしかしたらもっと遠くへ逃げられた」




「そんなことない」





 そこで男は大声で言う。




「お前を殺そうとしていろんな人が動いてる。猟師や記者や研究者。保護しようって団体もいるけど少数派だよ」



「あ、あの人、俺の爪が当たった人は大丈夫か?」



「そんなには大怪我じゃないよ」



「もうダメなんだ、人の頭が減っているんだ。前のようにはものを考えられなくて。今も脳を叩き起こしている。さっきもお前だって気づかなければ襲っていた。危なかったんだぞ?わかっているだろお前なら。頭がいいんだから、なぜお前は危険を冒して俺なんかを探す?」




 男は即答した。




「僕はお前を人間に戻す!」





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