少女と流浪者(十)

 突如吹き荒れる風に砂が舞う。たちまちに視界は薄茶色に覆われ、目の前の強化ガラスにもパラパラと砂や小石が当たってきた。二本のワイパーも動かしてはいるが、追いついていない。

「そういえば」

 けたたましくエンジン音を響かせながら一台のバギーと荷車が荒野を走る。いつの間にか陽は西へと落ちようとしていた。サロエがライトのスイッチを入れて続ける。

「今回の獲物はどうするの?どちらも機構行き?」

「ああ」

 寝ぼけた顔をしたままロシャラが眩しそうに左手で陽の光を遮る。バギーは北へと向かっていた。

「本命はロケットだ。剣の方はいわゆるダミーだろうし、渡さなくてもいいとは思うよ。この錆付き具合だしね」

 ロシャラが座席の下に寝かせられていた宝剣をガシャリと取り出してみせる。興味深そうに先端から柄まで覗いた後におどけた顔でサロエに向けて言った。

「骨董屋に持っていけば良い値で売れるかな。せめてこの宝石だけでも」

 小さく溜息をつくと、サロエは前方を見据えたままロシャラに答えた。

「盗賊じゃないんだからやめてちょうだい。持て余すならこっちで預かるけど…?」

 運転しながら左手を差し出すサロエを一瞥すると、ロシャラは宝剣を足元に置き直し、シートに背を預けて答えた。

「いや、せっかくだからいつも通り貰っとくよ」

「…そう」

 サロエはそれ以上何も言わなかった。予めそれを承知していたのか、ロシャラは両腕を頭の上で組み、眼を閉じた。ぎしっ、と不快な音を立てシートが軋む。

「トリガーの方はどうだい。調子悪いみたいなこと言ってたけど」

「ええ」

 ロシャラの問いに、サロエは左手に嵌めた手甲に目をやる。使い込まれたそれは赤土色をしている。中央に何かを嵌め込むような穴が開いているが、今は何もない。左手でハンドルを握ったまま、サロエは右手で手甲を軽く撫でた。

「一応出る時にメンテナンスはしたから。そう簡単に壊れる代物じゃないわ」

「そうか」

 興味なさそうにロシャラが答える。サロエはそれを気にする風でもなく、前を見据えたままだ。バギーは赤く染まる荒地を進んでゆく。陽はその姿をほとんど地平線の下へと落としていた。

「…これで三体目ね」

「ああ。機構の中でもかなりのスピードだ。他のエリアの方々が聞いたら、穏やかじゃないだろうね」

「別に数を競ってるわけじゃないけど。私は私の目的でこの仕事をしてるだけ」

「そうか…。そういや今回、君にとっては図らずもご先祖様の敵討ちとなったわけだ」

 サロエが鋭く睨むと、ロシャラはまたおどけて手をひらひらと揺らした。

「…関係ない。もう私にとっては」

「……そうか」

「そうよ…」

 …ヴィルシーナ、か…。サロエがその後にそう続けたようにロシャラには聞こえた。

「見て、荒地を抜けるわ」

 ロシャラが前に向き直る。バギーはガタンと乱暴な音を立てて舗装された街道へと乗り上げた。サロエは左手にハンドルを切ると、道沿いに更に走らせる。砂煙を巻き上げていたタイヤは途端に静かになり、薄暗い視界が開けた。右前方には暗き山々がそびえ、まるで巨大な怪物が二人の行方に大きく口を開けて待ち構えているようであった。

「…さあ、帰るとしようか。久しぶりのホームに」

 夜が世界を支配しようとしている。二人はなおも北へと進んでいった。一条の光が闇を貫き、咆哮が遠く響き渡っていた──

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リベレイター MANYO @MANYO_arcane

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