少女と流浪者(九)

 朽ちた村にウォオン、と獣が吼えるような低音が響き渡る。サロエは使い古された小型のバギーを首なし像の傍へと停めると、車体の後ろへと回り込んだ。手早く牽引機をセットすると、ロシャラが別の小屋から荷車を率いてそこに繋げる。ぶるる、と荷車に乗せられた馬が鼻を鳴らした。

「この銅像…」

 サロエが首無し像を見上げた。

「ああ。アルム戦死後に建てられたんだっけか。同じような像がヴィルシーナ領内には何体か建てられたそうだよ」

「…ドーラ=ゼンダー。自分の息子の死を利用しようとしていたのかしら」

 像の台座に触れながらサロエが呟く。ロシャラはそれに構わず、自らの持つ荷物をバギーの後部に次々と乗せていった。

「どうだろうね。確かにヴィルシーナ制圧の功を立てた有望な若将、かつ息子の命を、夜襲という卑怯な手で奪ったカラバは許すまじ、っていうお膳立ては自軍の士気を上げるのに有効だったかも知れないけど」

 助手席に乗り込み座席に背を預け一息つくと、ロシャラは続けた。

「ドーラだってアルテオン国内の一領主だ。その葛藤は十分にあったんじゃないかな」

 そうかも知れない。アルムにはクリスとは別の正当な婚約者がいたとのことだが、その名は後の歴史書には記されていない。せめて愛する者の名を共に刻もうという親の心が働いたのか…今となっては知る術もなかった。

「それに」

 ロシャラが続けた。

「命を奪われたのはアルムだけじゃない。結局戦乱の後、ヴィルシーナ領内のアルム像は全て破壊され、残っているのはこの首無し像のみ。そこから感じるアルムへの怨嗟も相当なものだ。それを封じ込める目的もあったんじゃないかとは思うね。自分の息子が虐殺の侵略者、とは認めさせたくなかったとか。…そもそもカラバの急襲にはヴィルシーナの残党も後ろで手を貸していたらしいし、結局、像は破壊されて回ったわけだから意味をなしてないけど」

 まあ私感だけどね、と付け加えて、ロシャラは大きく欠伸をした。そのまま目を閉じる。

「なんにせよ、真相は闇の中だ」

「……」

 サロエは像の下に跪く。軽く手で地面を掘ると、先刻までアルムが纏っていた衣服を置き、そしてまた土をかけた。

「…さよなら」

 しばらく首無し像を見つめた後、サロエはロシャラの乗るバギーへと向かった。

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