少女と流浪者(七)
再び風の音、サラサラと砂が流れる音だけが荒野に響く。サロエはゆっくりとアルムに近づいた。影はすっかり姿を失い、目の前には薄汚れた白骨だけが横たわっている。
「…いつからだ」
朽ちた白骨を眼前に見つめながら、静かにアルムが尋ねる。サロエはその後ろで風に流れる前髪をかきあげて答えた。
「最初から確証があったわけじゃないのよ。この地で死んでいった人たちはたくさんいたし、騙りの者だったり劣等種という可能性もあったし。それに、ここで度々盗賊の類が現れるというのは本当」
アルムは黙って聞いている。サロエは続けた。
「その宝剣は王族が持つもの…一介の兵士が扱えるような代物ではないわ。もちろん、戦地で奪った可能性も考えられる。確かめるには太刀筋を見る必要があった。それに」
サロエは柄の宝飾を見つめるアルムの背を指差した。
「貴方が身につけている銀製のロケット。寝ている時に中身を検めさせてもらおうとしたけど、開けることができなかった。よほど強い思念が働いているんだと思ったの」
ひと呼吸置いてサロエが更に続けた。
「…アルム=ゼンダー。三七代アルテオン王、クラウス=ゼンダーの甥にあたる。父は南方ドレイカンの領主で王弟のドーラ=ゼンダーね。そしてクリス=カトローは…ゼンダー家に仕える警備兵長の娘で、貴方の想い人」
アルムが振り向くと、こちらを見据えてサロエが立っている。その瞳には悲しみのような、哀れみのようなものが宿っている気がした。
「……何もかも把握済みというわけか……君達は何者だ」
知ったところでどうになるものでもない。それは分かっている。分かっていながらも、アルムはサロエに尋ねた。
「…リベレイター。そう呼ばれているわ。貴方のような…この世に彷徨い続ける者を、往くべき道へ導くのが仕事」
しばらくの沈黙が荒地に続いた。立ち尽くしていたアルムが、耐えきれぬように膝をつく。全身から力が抜けていくような感覚。終わりの刻が近づいていることは明白だった。
「……よくは分からないが…もう一つ尋ねたい。彼女は──クリスはどうしている?いや…どうなったと聞くべきか…」
問うアルムの身体からは白い羽のようなものがはらはらと剥がれ落ちている。再び尽きようとしている命を見つめながら、サロエは首を横に振った。
「…分からないわ。彼女のその後については確認できていない」
「そうか…」
ならば自分ではない、誰かと共に自らの人生を歩んでいるかもしれない。幸せな家庭を築いているのかもしれない。そう思えるとアルムの顔には初めての笑みが零れた。それが安堵から来るものなのか自虐的なものなのか、サロエには計り知れなかった。
「そろそろだわ…」
そう言うと、サロエは手のひらを跪くアルムの頭部に向けた。そこから小さく発せられた、白く淡い光はやがて彼の視界を柔らかく覆った。
何ものにも染まらない、透明な世界へとアルムは誘われていく。自分の人生はいかほどのものであったのか。自軍のその後は…気になることは山ほどあったが、その答えを今得ることに意味があるとは思えない。それでもアルムはその消え入りそうな顔をサロエへと向けた。
「……最後に…教えてくれ……降魔とは…いったい…」
微かな声で問うアルムにサロエは初めて会った時と同じように、無表情のまま答えた。
「もちろん…貴方のことよ──」
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