少女と流浪者(五)
クリスは部屋に戻ると静かにベッドへと横たわった。誰もいない荒野で独り死にゆくと思っていた自分はこうして生きている。そのことは手放しで喜ぶべきことなのだろう。しかし…何かがすっきりしない。先ほど見た首の無い像。昼間に聞いた正体の分からぬ咆哮。ひょっとするとあれが降魔と呼ぶ化け物なのだろうか。そのせいで村から出ることが出来ないという。ならばこの村は襲われることはないのだろうか?
胸のざわつきを抑えるように部屋の小窓を見た。だいぶ高く位置しているため、覗けるのは切り取られた星空のみである。雲は見当たらない。
再びベッドから立ち上がると、クリスは音を立てぬように部屋を出た。サロエとロシャラ翁の気配は無い。どこへ行ったのか気にはなったが、そのまま出口へと向かった。
先ほどは気が付かなかったが、満天の星空が広がっている。時代が時代ならば寝転がって大地の果てに思いを馳せたり、将来の行く末について勝手気ままに考えたりもしたのだろうか。しかし今は自身の境遇とざわつく心がそれを許してくれそうにもない。静かに佇む銅像の前にクリスは近づいた。
「これは…」
なぜだか、その像に対して共感のようなものをクリスは覚えた。懐かしいとも違う、奇妙な感覚。この像は一体何だ?なぜこのようなものが辺境の村に建てられている?
像から目を離し、周囲を見渡す。三人がいた家屋は外から見るとさほど大きくはなく、全体的に石造りのよくある辺境の古民家だということは分かった。数年前に小国ヴィルシーナ──この近辺だったかと思うが、ここまで荒廃していた記憶はない──に侵攻した時に似たような集落に滞在したことを思い出す。辛い戦いだった。短期間で制圧できると思っていた小国は想像以上の抵抗を見せ、多くの犠牲を伴った。結果としてヴィルシーナの制圧は成功裏に終わったが、その時から心に引っかかるものがあったのも事実である。ふとクリスは胸にぶら下げたロケットに手をかけた。蓋を開けると中に一人の美しい女性が描かれている。服装は平民のそれであったが、佇まいからは気品が溢れるようであった。
「帰らなくては…」
クリスは再びロケットの蓋を閉め、握りしめる。
──静かに夜は過ぎていった。
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