バリー・アンダーソン①


俺はハリス総合病院の中へと戻ると、すぐさまエリックさんの奥さんが入院していたという病棟へと向かうことにした。


「確か、6階の病棟だって言ってたな…」


俺はエリックさんとの会話を思い出しながらエレベーターへと乗り込み、6階へのボタンを押した。


…が、すぐに2階で止まってしまうエレベーター。


見ると買い物袋を沢山乗せた押し車のお婆さんが、よたよたとおぼつかない足取りでエレベーターに乗り込もうとしている。


俺はエレベーターの「開」のボタンを押し続けながら、何の気なしにエレベーター内に掲示してあるこの病院の案内板へと目をやった。


その案内板には1階 受付・外来、2階 売店・レストランなど各階の案内が記載されている。


1階 受付・外来・放射線科…


2階 売店・レストラン…


3階 内科病棟…


この病院は2階に売店があるんだな…

だからこの婆さんはこんなに沢山の買い物袋を抱えているのか。


俺は、エレベーターの「開」のボタンを押し続けたまま、片手で軽く婆さんの押し車をエレベーター内へと入れる作業を手伝った後も、無意識にその案内板を読み続けていた。


4階 整形外科病棟…


5階 外科病棟…


6階 脳神経外科病棟…


そこまで読んだ俺は、思わずはっと息を呑んだ。


6階


バリー・アンダーソンが入院している病名が骨折ならば、入院している病棟は整形外科ではないのか?


しかもこの案内板によると、この病院にはきちんと別に整形外科病棟も常設してある。


なのに、何故骨折で入院しているはずのバリー・アンダーソンが脳神経外科に入院しているのか…?


そんな事を考えている内にエレベーターは6階へと到着した。


必死にお礼を言ってくる婆さんとの挨拶もそこそこに、6階の病棟で降りた俺は、すぐにバリー・アンダーソンの病室を探してみることにした。


6階病棟は、とてつもなく広い。

病室も一体いくつあるのだろうか。


コの字型になっている建物の中央は中庭となっており、窓から日が差し込んでくるおかげで、病棟の中はとても明るい。


だがあまりにただっ広く病室の数も多すぎる為、実際にバリー・アンダーソンの病室を探そうとしても全くラチがあかない状況だった。


「こんにちは~」


病棟の廊下をうろついている俺の横を、パソコンを乗せたワゴンを押しながら若い看護師が明るい声で挨拶をしながら横切って行った。


俺は、その看護師にバリー・アンダーソンの病室を尋ねてみようかとも思ったが、どうせ面会制限とやらがある以上は、教えてもらえないだろうと考えた。


ひとまず俺は、その看護師が何やらパソコンを操作はじめた姿を確認すると、近くの手頃な病室の中へと忍び込んだ。


そこにいたのは少し若い男で、ずっと寝たきりなのだろう。俺が入って来ても目だけを少し動かすぐらいで、何の声すらあげる事なく、じっとこちらを見つめてくるだけだった。


両方の手も麻痺しているようで、まるで猫の前足のように曲げられたまま、すっかりと固まってしまっている。


俺は彼にそっと近づくとナースコールのボタンを押し、そしてその部屋を静かに後にした。


ナースコールの音楽が廊下にも響き渡る。


「はいはい、どうされました~?」


するとそのナースコールに気づいた先程の看護師はパソコンの手を止め、そしてその病室の中へと入っていった。


俺はすぐさまその看護師が使用していたパソコンの元へと行くと、病棟案内図を開き、バリー・アンダーソンの部屋の位置を確認した。


そして、その看護師が例の部屋から出て来ないかと常に動向を探りながら、そのまま彼のカルテを開いてみる事にした。


605号室 バリー・アンダーソン(64歳)


そう記されているカルテの病名には、


右大腿骨頚部骨折

右肘関節骨折


そして…「原因不明の痙攣」と書かれていた。


「もう!何も用事がないのにナースコールを押さないで下さいね!」


そう言いながら例の病室から出てきた看護師の声に反応した俺は、すぐにバリー・アンダーソンのカルテを閉じ、急いで605号室へと向かった。


「家族以外面会禁止」とだけ掲げられているその部屋の表には、もはや名札すらない。


俺はそっと病室の中を覗いてみた瞬間、思わず驚きのあまり、その場で小さな声をあげてしまった。


バリー・アンダーソンのものであると考えられるその病室のベッドに横たわっていたのは…


沢山の医療機器につながれた、とても生きている人間とは思えないほどに痩せこけている老人の姿だった。

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