バリー・アンダーソンとエリック・ハーマン
「あの…バリー・アンダーソンさんの病室を教えてもらいたいんだが…。」
ここは街から少し離れた場所にあるハリス総合病院。ウェスカーさんから、ここにバリー・アンダーソンが入院していると聞いた俺は、受付で彼の病室を尋ねていた。
「失礼ですが、ご関係は?」
カウンター越しに俺の姿を見定めるように眺めると、受付の女性は不審そうな表情でそう尋ねてきた。
「遠い親戚なんだ。久々に故郷に帰って来たから、たまにはお見舞いでもしようかと思って。」
そう答える俺の言葉に、女性の事務員はさらに不審げな表情を浮かべながら、パソコンを使って何やら調べはじめた。
しばらくするとその女性事務員は、パソコンの画面からこちらに目を戻し、自身が掛けている眼鏡の位置を調節しながらこう言った。
「バリー・アンダーソンさんの面会は奥さんと息子さんしか認められていませんね。」
そう冷たく言い放つ事務員に向かって、俺は慌てて受付のカウンターに乗り出した。
「それは困るよ!そこを何とか出来ないかな。久々に会いに来たんだ。」
「ご家族様からの要望ですので、申し訳ありませんがどうかお引き取り下さい。」
女性事務員と俺が押し問答をしている最中であるにも関わらず、構わず初老の男性が番号札を置いていく。
「…とにかく、面会制限がある場合はいかなる理由があろうともお通しすることはできませんので、どうかお引き取り下さい!…次の方~!!」
総合病院の受付は忙しい。必死に食い下がろうともしてはみたが、女性事務員は俺が面会の出来ない人間だと分かった瞬間、先程置かれた番号札を手にとると、俺の肩越しに次の患者を呼んだ。
…ここまでか…。
俺が病院の中庭のベンチに腰掛け深くうなだれていると、
「どうした?お若いの。健康診断の結果でも悪かったかね?」
そう言って一人の男性が声を掛けて来た。
男性は年の頃なら70代後半といったところだろうか。口元には綺麗に整えられた白髭が蓄えられている、優しげな細身の男性だった。
「…いや…。」
「…隣、いいかね。」
「…あぁ。」
俺がやっとの思いで何とか絞り出したそれらの言葉に、その男性は優しい笑顔でベンチに腰を掛けながら、聞いてもいないのに言葉を続けた。
「私も自分が病気になった時は、大変驚いたよ。それまではずっとこの病院で妻の看病をしていてね。自分の事など考える暇もなかったよ。気がついた頃には、糖尿病を発症していてね。今では腎臓までボロボロさ。毎日看病で病院には来ていたのにな…全く皮肉なモンだよ。」
そう言って、彼は遠くに眼差しを向けながらまるで独り言かのように呟いた。
「だから体は大切にしなくてはいけないよ。健康診断で見つかったって事は、まだ希望が残されているのかもしれない。私も妻も、もっと早く病院に行くべきだったんだ。健康はお金で買えやしないんだからね。」
…いや、俺は…。
自分が病気ではないことを否定しようかと思ったが、俺はその言葉を飲み込み、何となくその場の雰囲気に合わせて、そのままこの男性に話を合わせてしまう事にした。
「…で、今は奥さんはどうしてるんだ?」
「…亡くなったよ。最期はあっけないモンだった。」
どうやら男性も俺が話を合わせはじめた事に気づいていたようだ。再び優しい笑顔を浮かべると、懐から黒い小銭入れを取りだし、俺に向かって広げて見せた。
二つ折りになっている小銭入れの見開きには一枚の古びた写真が綺麗に入れてある。
病室だろうか。
写真の中では、ベッドで体を起こしている奥さんと、若かりし頃の彼の姿が写っている。
「…優しそうな人だな。」
「あぁ、とても優しかったよ。そして本当にいい女だった。妻は脳梗塞でね。ある日突然倒れたんだ。それからはずっとこの病院の脳外科に入院していてね…。昔から二人で写真を撮ることなんてほとんどなかったからね。今ではもうこの写真しか残っていないんだ。リハビリをして、家に帰れるようになったらまた一緒に写真を撮ろうって約束していた矢先にな…脳梗塞を再発して逝ってしまったよ。」
そう言って、彼は俺にその写真を渡すと、ポケットから取り出したヨレヨレの煙草に火をつけて吹かしはじめた。
「…あんたも若かったんだな。」
写真を見ながら思わずそう呟いた俺に向かって、男は高らかに笑いながら答えた。
「はっはっはっ!お前さん、面白いなぁ~!そりゃあ若くも見えるさ!なんせもう八年も前の写真なんだから――――――――…」
男がそう言いかけた瞬間、俺は思わず写真の入った小銭入れを強く握りしめながら勢いよくベンチから立ち上がった。
…八年前…!?
八年前といえば…
「ど…どうしたんだね…突然…。」
突然立ち上がった俺の行動を心配して男が戸惑いながらそう声を掛ける。
「なぁ…!!バリー・アンダーソンがこの病院に入院してるって噂は本当なのか!?」
ものすごい気迫で詰め寄る俺に対して、男はさらに戸惑いながら答えた。
「あぁ…バリーなら、妻の病室の近くに入院していたから本当だと思うよ。6階の病棟だったんだがね。入院してしばらくは連日沢山の人がお見舞いに来ていてね…多分劇団関係者とかじゃないのかな?あまりにも収拾がつかなくなったんで、今は家族しか面会が出来ないハズだよ。」
そう答える彼の言葉に俺は瞳を輝かせながら言った。
「ありがとう!俺の名前はダグラス・カイン!あんたの名前は?」
「私の名前はエリック・ハーマンだ。」
「本当にありがとう!エリックさん!このご恩は一生忘れないよ!」
そう言って俺は、戸惑い続けるエリックさんの手を両手でぎゅっと握りしめると、再び病院に向かって走り出したのだった。
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