橋の修復作業


「お~い!!ダグラス!そこにあるそれをこっちに持って来てくれ!!」


現場には威勢のいいアレックスの声が響き渡る。


ジョンの一件から4日。

橋の工事に参加しはじめて3日。


まだ簡単な作業しか出来ないが、それでもかなりの肉体労働だ。


照りつける太陽に連続的に灼き続けられている全身の皮膚からは、常に大量の汗が流れ落ちてくる。


俺はこの現場の監督であるアレックスの指示に従い、積んであるセメントの袋の山から一つを肩に抱えて立ちあがった。


…が、その瞬間によろけはじめる足。

俺は何とか思い切りその場に踏ん張り、体勢を整えた。


高く上がった夏の太陽は眩しくて、まともに目すらも開けてはいられない。


それに加えて連日の慣れない肉体労働。

俺の体はすでに疲労で限界に近かった。


「気をつけろ。この現場では、荷物ひとつを運ぶにも一歩間違えれば命取りになるんだ。」


近くで作業していたロベルトが、そんな俺の様子を見て、そう言い放った。


その表情はかなり厳しく、そして冷たい。


はぁ…


「言われなくても分かってますよ。」


俺は一つ溜息をつくと、そう言って重たいセメントの袋を抱え直した。


「お~!こっちだこっち!」


重い荷物を抱え、重い足取りでセメントを運ぶ俺の体力とは完全に反比例した明るい声でアレックスは俺に手を振った。


そんな笑顔のアレックスの横を返事をすらせずに通りすぎ、指定された場所に抱えていたセメントを叩き落とす。


セメントを降ろした衝撃で地面からは熱く乾いた粉砂が巻き上がった。


「いや~!お前さん随分と力持ちなんだな。

普通セメントを運ぶときはみんなあそこにある猫車を使うんだぜ。」


そう言ってアレックスは明るい笑顔のまま親指で自分の後方に置いてある猫車を指差した。


アレックスに言われるがままに、その猫車へと視線を送りその存在を確認した俺は、その瞬間に別の場所で作業をしている二人の事を思い切り睨み付けた。


バツが悪そうに俺から目を反らす二人。


その二人は初日に俺を指導していた教育係で、俺は二人から『セメントは全て自分の体で抱えるのが現場の鉄則だ。』と嘘の情報を吹き込まれていたのだ。


俺は二人を睨み付けたまま、思わずその場で強く拳を握りしめた。


「よし、昼休憩にするか。」


そんな俺の様子に気がついたのか、アレックスは俺の肩にポンっと手をやると、そのまま全員に号令をかけた。


アレックスの言葉に従ってわらわらとバラけはじめる作業員達。


俺は近くの木陰に腰かけると持参したハンバーガーを少しずつ口へと運び、それらを水で一気に流し込んだ。


木陰といえども涼しさなど全く感じられない。むしろ太陽は高く、そして今も容赦なく俺達を照らし続けている。


口の中までもが渇ききるほどに疲れきったこの体では、もはや何を入れようとも味など感じる事すらできない。食欲なんていう欲求は、自分の中ではとっくの昔に消え失せてしまっていたが、それでもただこの食べるという動作を俺は、今日の昼からの自分の体力を保持するという目的の為だけに、ただひたすらにそして作業的に繰り返していた。


他の作業員達はここよりはもう少しだけ涼しいであろう建物の影で、冗談を言い合いながら楽しげに弁当を食べている。


俺はそんな様子をチラリと眺める事はあったが、別に混ざりたいなんて感情が浮かぶ事はなく、むしろ期間限定でしか滞在する予定のないこんな過酷な現場で人と馴れ合いを行うというのが、今はとにかく億劫でわずらわしくて仕方がなかった。


俺が一人で昼食という名の作業を繰り返していると、アレックスが俺の横に腰かけてきた。


俺はアレックスの方に目を向けるような事すらせず、ただひたすらと無言で口を動かし続けた。


「さっきはすまなかったな。」


アレックスはそう言うと座っている俺に冷たい缶コーヒーを手渡して、自らも同じものを口にした。


「あいつらも決して悪いヤツらじゃあないんだが、どうも新人の子を見るとついからかいたくなるクセが出てしまうみたいでな。」


「そんなんだからここはいつも人手が足りないんじゃないのか。」


アレックスに手渡された缶コーヒーを開けながら俺は無愛想に答える。


「…ごもっともで。」


そう言ってアレックスは苦笑いを浮かべ、もう一度缶コーヒーに口をつけた。


ふと見上げた俺の視線の先にはロベルトの姿があった。ロベルトは休憩をとる様子すらなくサンドイッチを片手に一人で作業を続けている。


「あの二人も大概だが、あのロベルトっておっさんも相当底意地が悪いよな。俺のやることなすことにいちいち嫌味を言ってきやがる。」


そう言って俺はそのままロベルトの背中を睨み付けた。


するとアレックスは少し低いトーンとなって俺に答えた。


「あの人は違うんだ。昔、仕事中に自分の息子さんを事故で亡くしてな。ちょうどお前さんくらいの歳だったかな。元々ぶっきらぼうな人だから誤解を生みやすいかも知れないが、あれはあれでお前さんの事を相当気にかけているんだよ。」


アレックスのその言葉に、先程まで憎く思えたはずのロベルトの背中が、自分の中でほんの少しだけ違った感覚で見え始めた事に気がついた。


太陽が沈みはじめる頃、俺達はそれぞれの家路へとつく。朝早く太陽が登る前に現場へと向かい、日が暮れる頃に帰る。行きも帰りも全く同じ道。それがいつしか俺自身のルーティンとなっていた。


「マルッセルの劇場にようこそ~!」


いつものように仕事帰りに、劇場の前を通りかかった時、そう言ってオリエンタルな劇団員は今日も俺に真っ赤な飴玉を差し出してきた。


劇場の前は相変わらず疲弊しきった俺の住む世界とはまるで全く別の物かのように活気づき、そして楽しげに華やいでいる。


俺は手渡された飴玉を迷う事なく受け取ると、そのまま口の中へと頬張った。疲れているせいか、今日の飴の味はやけに甘い。


こうして俺は毎日疲れきった体を引き摺りながら、それぞれの家へと向かうのであった。





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