マルッセルの劇場へようこそ
むむ山むむスけ
ケース1:モーガン・クリストファーの症例
「マルッセルの劇場へようこそ~」
最近やたらと暗い話題ばかりが取りだたされているこんな世の中でも、都会から離れた郊外にあるこの劇場の前だけは、いつもそんな明るい声で埋め尽くされていた。
一見明るく活気づいているように見えるこの街。だが実はこの街では数年前から奇妙な事件が発生していた。
その奇妙な事件というのはこの街に住む人々が突如として凶暴な性格となり、街の中を徘徊しながら暴れまわってしまうというものだった。
彼らは目的もなく街中を徘徊し、
道行く人を威嚇したり
大声で怒鳴りつけたり…
中には今まで何年も手塩にかけて大切に育てあげてきた作物を、自分で全て引き抜いてしまったという者さえもいる。
それは男の人も女の人にも、若い人にも老いた人にも、どんな人にも突如として起こってしまう、何とも不可思議な現象であった。
どうしてそんな風になってしまうのかは、
数年が経った今でも全く解明はされてはおらず、度重なる経済破綻や失業率の高さなどによるストレスが原因だという人もいれば、何かの奇病だと唱えている人までいた。
だが、どれもこれも所詮はただの憶測でしかなく、実際は何が原因でそうなっているのかなど誰にも分からないというのが実際のところであった。
しかしながらそんな原因の分からない奇妙な現象の中にも、一つだけ解決策が残されていた。
なんと、突如として凶暴な性格に変化してしまった住民達を、このマルッセル劇場で上演されている舞台を観劇させれば、たちまち元の穏やかな人間に戻る事ができるいうのだ。
「きっとあの劇場では、すさんだ人々の心を癒すような素晴らしい舞台が上演されているのだろう」
人々は口々にそう言った。
今日も劇場近くに住む男性が突然険しい表情になったかと思うと、けたたましい奇声をあげながら、そのまま自宅の庭の植木や芝生をむしり取ってしまったという。
もともと庭を綺麗に整備することに生き甲斐を感じていた男性だったばかりに、その男の行動はあまりにも異常で、彼の妻であるグレースはただただうろたえるばかり。
「あぁ…モーガン。あんなに優しかったあなたがどうして…。」
そんな夫婦の様子を見た近所の人々は、グレースにすぐに彼をマルッセル劇場へ連れていくようにと促しました。
険しい表情のまま、道行く人を威嚇しながら
マルッセル劇場へと入っていくモーガン。
そんな彼を心配しながら入り口で見守るグレース。
2時間後、女性の劇団員に付き添われて劇場から出てきたモーガンは、明るい声と輝くような笑顔でこう言いました。
「マルッセルの劇場へようこそ~」
そう言った彼の笑顔はとても生き生きとしていて、まるで天使のような表情でした。
「モーガン…戻ってきてくれて、
本当に良かった。」
再び優しさを取り戻した彼の姿を見たグレースの瞳は、すでに喜びで涙が溢れています。
「良かったね、グレース。
良かったね、モーガン。」
いつしか二人のまわりには、この劇場で起こった奇跡とモーガンの回復を喜ぶ人々の姿で溢れかえっていました。
「マルッセルの劇場へようこそ~」
こうして今日もこの街では、そんな明るい声が次々と飛び交ってゆくのでありました。
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