第3話
子供の頃、誰だって家出したくなる。
僕だってそうだった、でも子供だとしてもそんなことは無理だとすぐにわかってしまうのがこの世の中だ。
まさか僕もこの年になって、いやこの年にだからこそどうして家出したのか。
実を言うと、かなり前から家出の支度は出来ていた。
後は理由とタイミングだけだった。
1ヶ月後くらいを考えていた。
その日は、考えているよりもすぐに訪れた。
あの日家出をするなんて考えていなかった。
僕の中にあったのはタイミングでも理由でも無かった、ただ母親に対する憤りだけで体が動いたのだろう。
この日のため、というわけでもないが親からのお小遣いとバイトでコツコツと貯めたお金があり、半月は1人でも生きていけると確信していた。
(でも、ここら辺の店が全くわからないな)
家から1時間ほどで駅につき、時刻は7時を既に回っていた。
人通りはあまり多くなかったがきっと誰かが教えてくれると思っていた。
「あのっ!道がわからな……」
最後まで言葉を聞く前に道行く人は歩いていってしまった。
5、6人ほどに声をかけただろうか、お腹も鳴り出したし何だか目元が湿ってきたような気もする。
「あの……すみません」
徐々に自分の声が小さくなっていくのがわかった。
道行く人の顔を見ると決まったように辛さや哀愁が漂っていた。
何故かとても悪い様なことをしている気がしてきた。
最高であり最悪のタイミングであろうか、ホームに電車がやって来た。
既に時刻は8時を回っていた。
(あの電車に乗れば家に帰れる……)
僕の心はかなり揺れた。
今帰ればそこまでの大事にもならないだろうし、帰っても何か言われることもないだろう。
(やっぱり帰ろうかな)
電車へと足が向いた。
そんな気の迷いを止めたのは何だったのだろうか、気がつくと足は止まっていた。
(……もうちょっとだけこの街の優しさを信じて見ようかな)
そんな思いでホームに向かってくる人を待っていた、そんな時にこの街の優しさに出会った。
「あなた、いい加減に無駄なことだってわかりなさいよ!」
かなり強い声で言われたことははっきり覚えている。
とても綺麗な女性が怒気を孕ませて話す様は、なんというか凛々しかった。
その後は、謝って怒られて。焼肉食べて怒ってくれて。
たった1時間ほどでたくさんの初めてを感じ覚えることができた。
でも印象的だったのは怒る白石さんの姿だった。
あそこまで人に言える人は白石さん以外には早々いないだろう。
「あなたにアキは渡さないから!!」
よくよく考えればいつから所有物になったのかとか、初対面の相手にそこまで言うのか……、とか思ったが、その時はよくも知らない相手のことにあそこまで怒ってくれた彼女にただ嬉しかった。
それからは家には戻らず白石さんのマンションに居候をさせてもらっている。
学校からは少し遠くなったが、それを差し引いてもここにいることが幸せだった。
「どうですか?今日の夕食は、白石さんの大好物の和風ハンバーグですよ!」
「……どうして私の好物を知っているの」
昨日言ってたのに……と言うことは言わないでおこう
「気にしてないで早く食べてください。冷めてしまいますよ?」
「「いただきます」」
白石さんと揃っての食事もなかなか取れていなかった。
「……今日も会社忙しかったんですか?」
聞くのを少しためらっていたが、少しでも聞いて気持ちを楽にしてあげたい。
「別に忙しくはないんだがな、上司の後始末やら雑用やらで、多分明日も残業だよ」
「大変なんです…」
「アキも職場選びはしっかり決めろよ?何なら私が手伝ってあげるよ」
何年経ってもこの関係を築いていけると白石さんが思っているようで嬉しかった。
「それとアキ、今日はそれでも早い方だったけど残業がほとんどだから1人で先食べてていいぞ」
「……白石さんと食べたいんだけどな」
「んん?何だって?聞こえなかったぞ?」
声からあからさまに聞こえていることがわかった。
「何でも無いですよ!」
「……アキ、悪かったな」
夕食も終わり洗い物をしていると白石さんがいつもと違ったトーンで呟いた。
「何がですか?僕は白石さんに感謝しか感じてませんよ?」
「そういうところだよな。お前のところの母さんにあんなこと言わなければ、もう少し何とかなったのかもしれなかったと思ってな……」
「白石さん、僕だって怒ることはありますよ、今白石さんが言ったことは僕の怒ることです」
白石さんの家に住むようになってから1度としてあの日の白石さんの行動に対して悪いと思ったことは無かった。
「白石さんがやったことは正しかったと思っています……それに、ちょっとだけ嬉しかったんです」
…嬉しかった?」
「はい、家族以外にも僕にはもちろん友達がいます。その人たちでも僕のためにここまで考えて行動してくれる人はいないと思います」
あの日のことは僕の生きる1つの原動力にもなっている。
「………そっか、さてそろそろ寝るぞ!」
この大雑把なのに、人のことになると繊細になるところが白石さんのいいところだ。
「おやすみなさい白石さん」
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