行進曲 : 虚影

第23話 思い馳せる

「ラーク……。助けて……。」


「アホかよ。自業自得だろ?」


 シヴァは自身の両手に余るほどの食べ物の山を抱えていた。

 その横を呑気に歩いているのは青銅色の鱗をしたリザードマンである。頭から尻尾にかけて一直線に棘のような鱗が逆立っているのが特徴的だ。このリザードマンの名はラーク。戦争の際、ミルタに食ってかかっていた若者である。


「俺が孤独な身だから、みんな気を使ってくれてるんだ。受け取らなきゃダメだろ?」


 そんなシヴァの言葉に気のない返事を一つすると、ラークはシヴァが抱える食べ物の山から青リンゴを一つ取り、喰らう。

 当然シヴァは気づいているが、何も言わなかった。ラークなりの優しさだと理解している。


「まだ見つかんねぇのか? 同種族。」


 ラークの問いに3秒ほどシヴァは間を開けて答えた。


「最近さ、別に見つからなくても良いような気がしてきてさ。不思議だよなぁ。痕跡が掴めなさすぎて麻痺してんのかな?」


 孤独に慣れてしまった事で感じる、孤独感の心地良さ。余りにも長い間、姿形の同じ存在を見なかった故に、周囲に他種しかいないという環境が当たり前となってしまった。傭兵団では唯一のワーウルフであるから重宝され、優遇されている。周りも声をかけてくれる。気にかけてくれる。友人が多くできた。ひとりだったから、孤独ではなくなったのだ。故にひとりではなくなったのなら、友は自分から離れていくのではないかと嫌でも考えてしまう。


 シヴァの胸中には様々な思いが入り混じっているのだとラークは察していた。


「あっそ。まぁ納得いくまで悩みなよ。しょうもない答え出したら、ぶん殴ってやるから。」


 ラークの素っ気ない言葉に、シヴァは安堵の表情を見せるのだった。


 そして。


「着いたぞ。」


 2人は町外れにある、塀に囲まれた屋敷の門の前に来ていた。敷地内の大きな建物は屋敷一つで、後は真っ平らな広場のようになっている。ここは北側の城壁の根元。南から日は差し込むが、高さ20mの石壁は圧迫感を感じさせる。


「お、シヴァとラークか。いつもありがとな!」


 エルキスの門兵は2人に気づくと笑顔を向ける。


「今、教官達は訓練中っすか?」


 ラークが尋ねる。


「あー。静かだから、たぶん座学だ。何人かはまだ残ってるんじゃないか?」


 2人は門兵に礼を言うと真っ直ぐに屋敷へと向かっていった。そして、迷いなく慣れたように入り口を通り、その右側にある部屋に入る。するとシヴァはゆっくりと食べ物の山を床に置いた。


「おお〜! シヴァ! いつもありがとな!」


 その部屋の中には40代くらいのエルキスの男と、見た目が40代程のエルフやドワーフがいた。部屋の壁面には机が並んでおり、その上には本や書類が散らばっている。


「いえ、ここくらいしか処理できる場所が無いんですよ……。」


 シヴァは苦笑いで言った。


「つい先日、野戦について講義しました。子供達に屋外での調理実践をさせてみませんか? 」


「おお〜! それは良い! 食べられるキノコなんかも教えよう! 」


 ドワーフとエルフは名案とばかりにニヤッと笑うと、エルフは食材のチェックを始め、ドワーフは部屋から出て行ってしまった。


「シヴァとラーク。子供達に会って行くか? もうそろそろ昼休みに入る。」


 エルキスの男の問いにシヴァとラークは顔を見合わせるのだった。


 シヴァとラークが訪れたのは、兵を育てる訓練施設である。ヒト・亜人問わず、クロワスに住む全ての子供は8歳から14歳まで、戦闘及び諸知識をここで学ぶ。この施設の目的は子供達を傭兵にする事ではない。有事の際の予備兵力の育成と質の向上、自衛の為のスキル育成。子供の内から他種族と馴れ親しんで貰うことを目的としている。当然卒業後の進路は自由だが、クロワスの英雄的立場であるメッツァルナへの入団を希望する訓練生は最終的に8割を超え、人員の供給源ともなっている。

 クロワスに訓練施設は南北に一つずつの計二つ。孤児院も兼ねている。

 職員達が馬車で毎朝子供達の送迎をし、夕方に終わり家に帰る。訓練内容の厳しさから傷を作り帰ってくる事は当たり前で、朝と夕暮れ時には子供の泣き声が響く。それを親が笑顔で見送る・迎えるのが恒例となっていた。そして、その恒例が終わると親達がひっそりと咽び泣くのも、また恒例である。どんなに泣こうと親達は子供を訓練施設へと送った。決して、止める事はなかった。それは、日を追うごとに我が子が成長して帰ってくるからだ。少しずつ少しずつ薄皮を貼り重ねていくように、確かに成長しているのだ。子の為を思い、心を鬼にして送り出す。遂に亜人達は恵まれた環境を手にしたのだ。子供達には不条理に抗うための力を培って欲しいと心から望んでいる。

 そしてある日、子が泣かずに笑って帰ってくるようになると親は盛大に泣いて喜ぶのだ。その日を親は夢見ている。定期的に街に訪れる、親と子のあり方に種族による違いはないのだと感じさせる瞬間であった。

 この訓練制度は元はマルゲルークで行われていたものである。紛れも無いエルキスの強さの秘密であった。だが、エルキスの訓練は更に過酷である。個性なき人間を魔人に変える訓練。全てジェイクが編み出したものであった。


「シヴァ……。シヴァ……。」


 屋敷の中のとある一室。8歳ほどの子供達がべそをかきながら昼ご飯を食べている。1人の鳥人の男の子がシヴァに気づくと擦り寄って来た。シヴァは優しくその小さな頭を撫でる。それを見て他の子も擦り寄って来た。


「どうした? 辛かったか?」


「うん……。いっぱい泣いてるから目がヒリヒリする……。」


 他の子供達の目の下にも泣いた後がくっきりと残っている。


「でもな。泣けば泣くほど強くなれるんだよ? 今頑張ることが将来の君達を助けてくれる……。」


「強くならなくても良いよぉ……。」


 子供達の目がまた潤みを見せる。


「ダメだよ。強くなくちゃ…… お父さんやお母さん。それに友達は守れない。」


「でもシヴァがぁ…… メッツァルナが守ってくれる……!」


 とある子供の言葉に、それまで優しかったシヴァの目が少し真剣になる。


「突然だよ。強さが必要になるのは……。強さが足りなかった時に流す涙は今よりもずっと辛い……。」


「シヴァ……。」


 ラークがシヴァの肩を軽く叩く。そして、シヴァは自分の失言に気がついた。


「あ……。ごめんね。要するに、辛いのは皆んな同じ。同じ事で涙を流してる。君達はひとりじゃないよ。悲しい時も辛い時も、必ず誰かが側にいる。その事を忘れないで。」


 シヴァの言葉に子供達は頷いた。

 ラークは小さく溜息を吐くと大きく息を吸った。


「さもないと……!。俺より弱くなっちまうぞッ!!」


 そんな重い空気を消し飛ばすようにラークは明るく言った。


「ラークより弱く……。大変だ!」


「「大変だぁ!!」」


 子供達はラークに一斉に襲いかかる。


「うわぁあ!! いっぺんに来るな!! 卑怯だぞ! 1人ずつ。1人ずつ来いって、うわぁあ!!」


 ラークは子供達にのしかかられ、床に倒れる。子供達もラークも楽しそうだ。

 そんなラークにシヴァは小さく、"ありがとう"と呟くのだった。



 *


 子供達の昼休みも終わり、シヴァとラークは屋敷を後にしようとしていた。丁度、広場では少年少女が木の棒を懸命に振っている。


「ここにいたか。シヴァ。」


 振り向くとそこにはキーンとフラールがいた。


「折角の休みに悪いんだけどよ……。」


 とフラールが要件を言おうとした時。


「キーン!!」


 呼び声と共に1人の少年がこちらに駆けてきた。

 青髪を丸刈りにした12・3歳ほどの少年である。シヴァとキーンはこの少年に見覚えがあった。


「お前、ロベロか⁉︎ マルゲルークの施設に行かせたはずだぞ?」


 キーンが、驚き半分嬉しさ半分の表情を見せる。


「ロベロって……。あの盗賊だったガキか⁉︎」


 フラールも驚いている。リザードマンを仲間にする前に襲った盗賊の生き残り。

 その少年は2年前よりも背や体格が逞しく成長していた。だが、面影ははっきりと残っている。


「メッツァルナに入りたかったから、無理言ってこっちに入れてもらったんだ! 来年で卒業だから、もうすぐでそっち側にいけるよ。」


 少年はニカッと笑う。来年卒業ということは6年を要する課程を3年で終わらせたという事。血の滲むような努力をしたのだろう。


「辛いのはこっからだぞ? 頑張れよ。ロベロ。」


 キーンは優しく言った。ロベロは礼を言うと彼の目は真剣になる。


「そしたら……。俺もエルキスを名乗るよ。」


 その言葉にキーンの表情から少しの哀愁が現れた。


「良いのか? お前はちゃんとした姓を持ってるだろ?」


 ロベロは迷いなく真っ直ぐに言う。


「盗賊だった俺とは決別する為に姓を捨てる……。立ち直らせてくれたメッツァルナに恩返ししたいから、エルキスを名乗りたいんだ!」


 キーンはその言葉に複雑な表情を浮かべている。


「そうか。」


「それじゃあ、俺行くね! キーン。シヴァとフラール。それとリザードマンの兄ちゃんも! またね!」


 走る少年の後ろ姿をシヴァとラークとフラールは手を振り見送った。キーンはただ見つめるばかりである。

 そんなキーンを他所に、フラールはシヴァに要件を伝えた。


「シヴァ。アイミー団長が呼んでるぞ。屋敷まで来てくれってさ。」


 フラールは呑気に言っているが、わざわざ休暇の兵を呼び出す事などアイミーはしない。只事ではないと言う事だ。


「理由は…… 聞いてるわけないか。フラール。背中を貸してくれるか?」


「もちろん。」


 シヴァはフラールと共に風の如く門を抜けた。


 *


 アイミー邸はクロワスの中心に位置しており、どんな亜人が仲間となっても良いように門や天井はとても高く設計されている。それが3階部分まであり、パスタリアでも最大規模の屋敷となっている。だがそれは、総面積での話であり、高さや建造物の広さは皇帝の宮殿を上回ると権威に関わるとして、アイミー邸を三つの建造物に分割する事で超えないよう調整している。

 そして、この屋敷はケンタウロスなどの種族にも配慮し、階段はなく。全てスロープとなっている為、パスタリアでは珍しい建築として名が知れている。亜人と共に生きる生活様式。クロワスならではの文化が育まれつつあった。


「団長。お呼びですか?」


 シヴァはアイミーの元へ参上すると、率直に尋ねた。大きな机を挟み、アイミーとシヴァは対峙している。アイミーの横にはジルナルドとシドー。シヴァの後ろにはキーン・フラールとラークが控えている。


「先程、ポターゼの、例の都市の領主から使者が送られてきた……。進展があったのだ……。」


 待ちに待ったはずの手がかり。

 アイミーのえらく神妙な調子に他の者達も息を飲んでいた。どうやらジルナルドとシドーもまだ知らされていないらしい。


「商人の死体から"これ"が出てきた……。部屋の隅からは"これ"……。」


 アイミーが机に並べたのは何かの欠片であった。色は一つは赤く、一つは黄色く変色している。それらはとても鋭利である。


「まさか……⁉︎ そんな……。」


 シヴァは目を大きく見開き、信じられないと驚愕していた。


「その反応。やはりそうか……。」


 アイミーが黙り込む。説明を求めようとラークが尋ねた。


「これは……。一体なんです?」


 その問いにシヴァが答えた。


「間違えようもない……。 ワーウルフの"牙"と"爪"だよ……。」


 6年前のあの事件以降、その痕跡を見せることのなかったワーウルフ。見つかった手掛かりは多くの謎を残し、まるで真相を闇へと引きずりこむように、彼らの前に現れた。

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