第22話 心。丘に立つ

 革命の内容が王の説得と聞いて、協力の意を示した貴族達は皆一様に不審な顔をするのであった。暴君となった王に言葉は意味を持たないと前トメット公爵が身を呈して示したのだ。同じ轍を踏むだけの愚行であると誰しもが思った。

 だが、その後の説得の方法を聞くと、その態度は一変する。それは脅迫にかなり近い、いや脅迫そのものであるからだ。あえて、説得という言葉を使ったのは革命に参加する民衆の罪悪感を最小に抑えるためである。今の状態に不満を持っているが、それを神官に口にすることは神への反逆となるのではないかと胸中に恐怖を抱いているのだ。

 説得。強く申し出ること。大神官である王に頼み事を聞いてもらうだけと、都合良く解釈してもらうのだ。それを領主を筆頭として行うのだから、民衆が負うリスクは極小さい。と感じるだろう。



 王都サラディア。人口10万人程のサラディア1の大きさを誇る城郭都市である。石造りの壁が果てしなく続き、その周りには広大な草原が広がり、近くを大河が流れている。その大河には貿易船と思わしき大きな船が3隻程停泊していた。その王都の全体を見渡せる小高い丘にレタシー公爵は立っていた。


「絶景、絶景!」


 レタシー公爵はニヤリと笑った。そして、レタシー公爵の背後から声がかかる。


「「レタシー公爵様」」


 そこにいたのはトメット公爵と、晴れてアスパル伯爵の地位を継承したマリーである。


「15名の貴族の準備が整いました。」


 トメット公爵は妙にかしこまって言った。年の若いなりにできるだけの覚悟を決めてきたのだろう。


「では、王に見えるように前進する。」


 レタシー公爵の合図と共にその丘に現れたのは10万ものヒトであった。各領地の領民と貴族の私兵達である。協力を仰いだ貴族達にも同様の演説を行ってもらったのだ。


「警備兵は慌てている事だろうよ。さぁ、開城を要求するとしよう」


 20体ばかりの騎馬が王都へと向かった。


 開城を要求する10万人もの集団。王は貴族達が兵を挙げ、自分の首を取りに来たのだと判断するだろう。開城すれば政権は終わる。王都に兵など1万人程度しかいない。断れば武力行使により命が終わる。王が恐怖を味わっているのだと想像すると胸が踊った。


 何故、このような大規模な行進がスムーズに運んだのか。それは貴族達を手当たり次第に口説いた訳ではないからだ。次の三つの条件。どれか一つを満たす貴族に絞ったからである。

 1. 王に反感を抱く者

 2. 王に取り入ろうとする者

 3. 行動・決断が良くも悪くも迅速である者


 条件1の理由はシンプルである。単純に仲間になる可能性が高いからだ。

 では、条件2とは何なのか。マリーの父、前アスパル伯爵に行った事と同じである。邪魔な障害を取り除くためにあえて接触する事で、事前に抹殺を図るのだ。

 最後に、条件3である。これは条件1と2の両方の理由からである。仮にもし、条件3の貴族に接触せずに革命を行う場合、何かしらの反応を高確率で示す。そして敵味方どちらに転ぶかわからない為不安要素が多く発生するのだ。

 そして、行動・決断の遅い貴族は革命に対し、一切の反応を見せないだろうと踏んだのだ。言わばこの革命は王国を二分する一大事である。どちらかに付いた事で、今後自身が不利になる可能性は、勝敗が例えどちらに転んだとしても多く残るのだ。立場を守るために何らかの理由を挙げて傍観を選ぶのである。



 レタシー公爵は悠然と開城されるのを待っていた。

 そして数十分と経った頃、城郭の大きな門がゆっくりと開かれるのが見えた。領民達と兵達は歓喜に声を上げた。だが、その歓声は一瞬で消えた。

 開城を要求するために送った騎馬兵20人が門から放たれた無数の矢によって滅多刺しになったのだ。


 そして、その門からは続々と兵士が隊列を組んで出てくる。その門だけではない。城郭の別の門からも続々と現れる。数にして8万人。だが、レタシー公爵と他貴族達はその兵達の持つ、ある異変に気がついた。その兵達はサラディアの国旗を掲げてはいなかったのだ。サラディアの国旗は白い旗の中心に大きく、針葉の束が描かれ、旗の対角からその背後に赤色のラインがクロスするように交差している。だが、奴らが持っていたのは紺色の旗。中央には杖のような木の棒が交差しており、その中央を白いラインが引かれている。


「あの旗はウドゥーン共和国⁉︎ 愚王めがッ⁉︎ 王都に他国の兵を入れるとは正気ではないッ!!」


 レタシー公爵は激昂する。何故か王は事前に革命について察知していた。あとは簡単である。パスタリアの属国になる事を恐れ、同じユーマン教国であるウドゥーンに協力を要請したのだ。

 大河にあった大きな船はウドゥーン共和国のものだろう。


 領民達はゆっくりと確実に近づいてくる殺意を持った敵兵に恐怖していた。数は優っていようとも、彼らは兵士ではない。そして、武器も持ち合わせてはいなかった。


「死にたくないッ!!」


 誰かが叫んだ。それを皮切りに次々と恐怖に染まった感情を吐いていく。

 そして、1人が逃げ出すと続々と領民達は逃げていった。


 革命の失敗にレタシー公爵はうな垂れた。他の貴族達も無力感に苛まれ、目の前の死を受け入れようとしている。

 そんな彼らの耳に届いたのはどよめきだった。敵兵とは真逆の丘の下で逃げ出した領民達が何やら騒いでいる。そして、地鳴りのような震動がそのどよめきの奥から来ているのを確かに感じた。レタシー公爵はその沈んだ顔を上げると同時に目の前を何かが高速で通り抜けた。もう一つ。またもう一つと次々にその何かは通り抜けていく。レタシー公爵は目を疑った。それはメッツァルナの御旗を掲げたケンタウロスの群とエルキスの騎馬兵であった。その数2万。敵陣へと勇ましく突っ込んでいく。そして、その後に続くのはリザードマンのファランクス。ぴったりと整った隊列。幾重にも重なった壮大な足音と地を踏む震動にレタシー公爵の心にかかった敗北感は綺麗に拭い去られた。また、左右からはエルフ達弓兵部隊が鎮座し、矢の雨を降らせ、ドワーフ達は他の種族が作った隙を利用し木の柵などを地面に打ち付け、素早く陣を完成させていた。まるで建築でもするかのように土地に合わせ、臨機応変な陣をその場で作っていた。そこではジルナルドが指揮している。合計で戦力は6万。他の貴族達は何事かと視線をレタシー公爵に写した。


「あらら、用意した戦力より相手の方が多いな。レタシー公爵。1万くらいは兵士連れてきてますよね? 参戦させましょう。」


「うん。眺めの良い丘だ。流石レタシー公爵。場所取りがうまいな。」


 現れたのはミルタとアイミーであった。ニヤニヤとイタズラに成功したかのような顔をしている。


「敵わないですな……。」


 レタシー公爵は大きく息を吸い、そして吐く。


「トメット公爵! マッシュ伯爵! 部隊をリザードマンの援護! その他貴族の兵達はエルフ弓兵部隊付近に配置! 敵兵を近づけるな!」


 他の貴族達も目に火を灯し、自らの兵に力強く指示を出している。


 そしてレタシー公爵は丘の下で固まった領民達に声をかけた。


「丘に登れッ!! この光景を見ろッ!! 我らは亜人に命を救われたぞ!! もし亜人が勝てば、我らの信仰は一切の無駄であったのだ! しかと目に焼き付けろ! 亜人が負けた時! 我らは死ぬのだッ!!」


 領民達は続々と丘を登り始めた。そして目の前の光景を瞬きを忘れじっと見つめる。神を信じ、ユーマン教国のために戦う神聖なる兵士達は悪しき亜人達に蹂躙されていく。

 領民達は神官に殺されかけ、悪魔に救われたのだと総じて感じた事だろう。自分達の信仰を裏切った神官と、酷い仕打ちをしようとも身を呈して救ってくれた悪魔。どちらが悪か。答えは決まっている。領民達は涙を流していた。信じてきた物に裏切られた悲しさ、偽りの神官を信じた自身の愚かさと、それによって苦しみ死んだ家族への思い。

 気づけば数時間が経ち日は沈みかけていた。これまで流れた血のように空は夕焼けに染まっていく。ウドゥーンの兵達は船へと撤退を開始していた。丘の下では亜人と魔人。そして、サラディアの兵士達が勝利を喜び叫んでいる。


「あとは王のみ……。」


 レタシー公爵は呟いた。


「既に暗殺のプロが向かっているよ。ここは今日から貴方の物だ」


 アイミーがそう言うとレタシー公爵は苦笑いで言うのだった。


「やはり、私は無能だ……。貴方がたの足元にも及ばない……。私は王の器ではない……。」


 アイミーは優しく笑う。


「何を言っているのですか。貴方には私達の持っていない素晴らしいものを持っていますよ。」


 そして、涙を流す領民達を見て言った。


「ここに貴方を信頼している人は何人いますか? いえ、ここにいない人もです。お気付きですか? 貴方は常人ではあり得ないほどの人々に信頼されている。私はこの才能を持っていません。」


「信頼が才能……?」


 レタシー公爵の目にはアベルや私兵達、領民や今回の革命に参加してくれた貴族達の顔が浮かんだ。


「貴方が治める王国はきっと、貴方1人では成り立たない。全員が歯車となり貴方を支え、貴方は国のために頭を捻る。努力する。想像できます。とても良い国ができ上がります。」


 涙を流すレタシー公爵にミルタが話しかける。


「最初は敵でしたが、今は友と思っています。これからも力になりますよ」


 ミルタは右手を差し出すとレタシー公爵はありがとうと涙ながらに言うのだった。ガッチリとミルタの右手を掴む。


「レタシー公爵。いえ、トラス=ソルティオ国王陛下。これより忙しくなりますよ」


「私、アベル君の妻になろうかな? 次期女王! なんてね!」


 トメット公爵とアスパル伯爵が立っていた。トラス王は涙を拭くと勇ましく返事をするのだった。



シヴァは鳥人に捕まり、飛行していた。

サラディアの宮殿の上空に差し掛かると着地地点を支持する。

連れているのはエルフ2人。暗殺はいつもこの組み合わせだ。


「王と王子が1人。この広い宮殿のどこかにいる。騒ぎを起こさないようにしよう。」


宮殿を歩くと、すぐに衛兵の姿が少ない事がわかる。戦争のせいだけではない。貴族達の情報では、王は疑心暗鬼に陥っており、暗殺を恐れ武器を持つ者が近くにいる事を許さなくなったのだという。そのため、兵士達は屋外警護。宮殿内には王お気に入りの侍従しかおらず、掃除も良く見れば行き届いていない。

そんな王は玉座にはいなかった。すれ違う侍従の女達は見て見ぬ振りをし、怯えた様子を見せるが何もしない。

そんな者達に手を出すシヴァ達ではない。

そして、王の寝室の前に立つ。

吐き気を催すほど強い欲の匂いがシヴァの鼻に届いた。それはゆっくりと扉が開くほどに強くなっている。


扉を開け切るとシヴァ達は絶句した。

それは呆れからである。サラディアの王は醜く肥え太った身体を露呈させ、酒を浴び、肉を貪り、女に溺れていた。

女達は裸で鎖に繋がれている。

また奴隷か。そう思ったが、その髪色と目の色からさらに血の気が引いた。

それがサラディア人であるからだ。

王はこちらに気がつくと情けない叫び声をあげ、酔いからか訳のわからない、支離滅裂な言葉で喚いている。必死に女達を盾にしよう肥大な身体を縮こませている。女達は対照的に安堵した表情をしていた。


シヴァは王にゆっくりと近づくと、手に持つ細剣で溢れる横腹を小さく抉る。それだけで王は大きな悲鳴をあげ、女達を突き飛ばし、キングサイズのベッドの上から転げ落ちた。

必死に逃げようとしている王をエルフ達が無慈悲に射抜き、そしてすぐに醜い屍に変わった。


扉の向こうには侍女達が集まってきていた。

何をするでもなく、そこに佇んでいる。

きっと亜人が王を殺した事を信じる事ができないのだろう。


「彼女達を解放してあげてください。それに服も。」


シヴァの放った言葉に驚きを隠せていなかった。数人が恐る恐る女の元へ向かう。


「あの……!」


1人の侍女が怯えながらも声をかけた。

彼女のする話を聞き、驚愕しながらもシヴァ達はついていく。

そこは暗く、汚い牢獄であった。

投獄されているのは1人だけ。処刑好きな王だ。それでも多いとすら感じる。


「フレッジ様!!」


そう叫ぶと侍女はその檻を開ける。力なく、横たわる青年に即座に駆け寄り、手を握った。


「この人が王子か……?」


痩せ細った青年は虚な目をしていた。長い事、ここにいたのだろう。衰弱している。


「久しぶりだね……。ユレミア……。」


そう言うが、焦点は合っていない。


「苦しまずに、楽にさせてください。」


泣きながら侍女は言った。


「ユレミア……。懐かしい。あの川での釣りを覚えているかい……?あの山での山菜取りは……?」


王子にはこちらが見えていない。理解もできていないようであった。

シヴァはゆっくりと檻の中に入っていった。




 その後、新生サラディア王国は帝都パスタリアにて皇帝の元、属国としての契りを結ぶ。パスタリアの支援を受け、新生サラディア王国は正常な状態へと着実に戻っていった。

 飢える者はなく、国民達は活気を取り戻し笑顔が溢れている。神に祈ることを忘れ毎日を生きていた。

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